大嫌いな君へ | ナノ
厳しい寒さの続く日ですが

ある日、真っ白でからだの大きな男の子に出会った。なんて例えたらいいのか、優美なボルゾイ犬をもっと骨太にした感じ。思わず大きいねえと話し掛けたら、ここ最近でずいぶんと成長したのだと教えてくれた。成長期というのはすさまじいものだ。聞くところによると、既に身長は180cm近くある、とか。


放課後に校内をふらふらとしていたら、かすかにピアノの音が聞こえてきた。有里にはピアノの上手さとか音の綺麗さはよく分からなかったけれど、その穏やかな音色をもっと聞きたいと思った。ピアノの旋律をたどってみると、ついた先は予想通りの音楽室。
演奏の邪魔をしないように静かに扉の隙間から顔を覗かせると、真剣な顔をした白い頭がピアノの楽譜台の奥でふわふわ揺れていた。
私はひそかに教室にすべりこんで、扉の側に黙って立つ。目をつぶって、メロディに身をゆだねる。いつしか静かな物憂げさを残して音がやみ、私はその余韻のすばらしさにため息をつき、思わず拍手をする。

そこで彼はようやくこちらに気がついて、驚いた表情をした。まっすぐで素直な表情、きちんとした身なり、上品にピアノにかけられた手。

それが私と彼の出会い。

彼は名を、鳳長太郎と言うのだそうだ。


***


「というわけさ。理解したかい、ワトソンくん」

「俺はいつの間に越川の助手になったんだ」


鳳くんとの出会いをおおざっぱに語ると、隣にいた吉村は複雑そうな顔で掻いた。

あの白い彼と知り合いになれたのは偶然の産物、ロマンチックに言うなれば神様のいたずら。いたずらと言えるほど深い関係にはなっていないが、メアド交換は済ませた。銀色に輝く彼の髪、高級な黒光を放つピアノ、ピアノの下にひかれた赤い絨毯。暖房がついておらすひやりと寒い音楽室で熱心に音を紡ぎ出す鳳くん。彼の音色に心惹かれて足を進ませる私。そして出会ったあの瞬間。真っ白な男の子。上品で優しげな雰囲気を醸し出す彼は間違いなく王子様だった。

……私が恋愛体質の女の子だったら「運命の出会い」だと思ったに違いない。
そうでなかったのがしごく残念だ。私は真っ直ぐな視線を持つ彼にときめくよりもむしろ、人間としての豊かさを感じたのだ。女子としてじゃなくて人として好感を覚えたというか。彼が女の子だったら抱きついてみたかった。


「抱きついたの?」

「まさか。そんな相手を困らせるようなことはしないよ。第一、彼も迷惑だろうに」


疑うような目でこちらを見る吉村に私はかぶりを振ってみせた。まったく、心配性なんだから。相手を気遣うあたりもまた、吉村らしいけれど。
彼は遠い目をしている。ああ、鳳かあ……とつぶやく吉村に、有里は既視感を覚えた。あれ、この雰囲気って誰かに似てる。しかもかなり最近合った人。というか、そうだ、あの白い人、今まで話題にしていた男の子。


「そういえば鳳くんって、吉村に似てるね」

「それ、前も言われたことがある」


有里は吉村を頭のてっぺんから足の先までじろじろと眺めた。見た目はあんまり似ていない。吉村もかなりの長身だけれども体がいかついというか、鳳くんよりもごつい。顔立ちも別に似てないし、髪の毛に至っては、吉村は黒髪短髪だ。
でも、どことなく似ている。雰囲気が、なんとなく。やさしげな目じりとか、しぐさとかものの扱い方とか、優しそうとか丁寧そうとかそういう言葉がぴったり当てはまる雰囲気。そしてその雰囲気そのまんまの性格。

言われると思った、と吉村はぼやく。


「あれ、吉村は鳳くんのこと知ってんの?友達?」

「友達というか、前、別のやつに紹介された」

「ふうん。『お前に似てるやついるから来いよ』みたいな?」

「うん。強引にあわせられて、俺も鳳も苦笑するしかなかったよ。しかも連れて行かれた先がテニス部の部室で、完全にアウェーだし」


そりゃそうだ。いきなり会っても何を話せばいいかとか会ってどうするんだとか、そういう言いたいことを全部ひっくるめて苦笑するしかなかったんだろう。
吉村も鳳くんも、あまり物事をはっきりきっぱり言い切るタイプではなくて、相手の気持ちをかなり斟酌してよく考えてから発言するタイプだから、なおさら「いきなり会わされてどうしろというんだ」とつっこむのは難しかったに違いない。


「テニス部?鳳くんってテニス部なわけ」

「そういうこと。たまたまそこに日吉が居合わせたんだけど、あいつにも似てるって……」


そこまで言って、吉村はあからさまにしまったという顔をした。

また日吉か。

吉村を落ち込ませたくなくてできるだけ冷静な顔を取り繕うけれど、また心の中にふつふつと怒りがわいてきた。
この前のゆっこたちとの会話といい、今の吉村との会話といい。なんであいつはどこの会話にでも出てくるんだ。いいかげんに消えてほしい。百歩譲って教室にあいつがいるのは仕方ないにしても、どうしてこうやって仲の良い人と会話をしているときにでさえあいつが出てくるんだ。

吉村はすまなそうな顔をしている。ああ、別に吉村が悪いわけじゃないのに。


「越川、ごめん、つい」

「謝んないでよ、吉村が悪いわけじゃないんだからさ」


そうやって人の良い吉村に謝られると、こっちも申し訳なくなってくる。それと同時にまた再燃するあいつへの怒り。あいつがいなければ、吉村にこんな顔もさせずに済んだはずなのに。
あの性格の悪い日吉が吉村に似てると言ったってのも気になる。さすがに人畜無害な吉村に日吉が何か悪口を言ったりはしないだろうけれど、あいつはなんせあの性格だ。吉村が傷つくことを何も考えずに言いかねない。本当に「似てる」って言っただけなら良いけど、「似すぎて気持ち悪い」とか言ったんじゃないだろうな。
考えれば考えるほど疑心暗鬼になる、疑惑が沸く。


「ねえ、吉村。あんたその時にさ、日吉に何も言われてない?」

「何も?大丈夫だと思うが」

「……そ。ならいいけど」


吉村の反応から言って、たぶん本当のことだろう。なら、大丈夫。
ほっとしたところで、静かに怠さが襲ってくる。

お願いだから、ほっといてよね、日吉。あんたムカつくんだよ。なんでこうやって吉村と話をしているときに出てくるわけ。なんでこうやって楽しんでいるときにでてくるわけ。こうやって、楽しく学校生活を送っている最中に。


私と吉村はよく付き合ってる?と聞かれる。私たちを恋人同士と思いこんでいる人はたぶん、少なくない。でも付き合っているわけじゃない。私と吉村は、もっと曖昧な関係だった。

むしろ、好きなのかどうかも分からない。
いや、好きは好きでもどういう好きなのかは分からない。でも、私は吉村とこうやってくだらない雑談をしている時間がとても好きだ。何も考慮せずに、気が向くままに会話を続ける。そこにあるのはプラスの感情だけで、面倒くさいとか嫌いとかマイナスの感情がわくことはない。

ふらり、ふらりと浮遊する会話。

ふらり、ふらりと曖昧な感情。

そういうものだ、私たちの間にあるものは。
ゆっことしろちゃんが言うには、恋愛とはもっと激しい感情らしい。胸が壊れそうなほどドキドキしたり、眠れなくなるほど不安になったり、相手のことだけで頭がいっぱいになったり。

その定義から考えると、やっぱり私は吉村が好きなわけではないようだ。
ただただ、好ましい。


そんなことを考えていると、教室のドアがガラリと音をたてて、数人が教室に入ってきた。始めに聞こえたのは可愛らしい女の子の声、それに答える日吉の声。その後から何人かクラスメイトたちの声も聞こえたが、有里は自分の機嫌が一気に急降下するのを感じた。

女の子の方は、同じクラスの笹本あかね。
この子はいわゆる清楚で可愛いタイプだ。もともとの顔立ちもすごく綺麗で、化粧もぜんぜんしていないというのに輝かんばかりのオーラを振りまいている。彼女を見ていると、化粧をしたってしょせんブサイクは美人には適わないのだと素直に思えてしまうのがすごいところだ。

あまり話をしたことはないが、特にくせのある性格というわけでもないと思う。極めて普通の女の子。真っ黒でさらさらの髪の毛がうらやましい。
女子からは特に可もなく不可もなくという評価だけれども、男子からの人気は絶大だった。

そして彼女は、たぶん、日吉と付き合っている。

ゆっこによると、正式に付き合っているわけではないらしいけれど、もはや公式カップルみたいなものだ。なんせあの性悪日吉がやさしくしているのだ。あの男女とわずキツい発言をする日吉が。これはもう、そういうことに違いない。


私は笹本さんのことは、好きでも嫌いでもなかった。敢えて言えば、あまり興味がなかった。でも最近は、どちらかというと嫌いだ。なぜなら、日吉と付き合っているから。彼女には悪いと思うけれど、今はもはや「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の心境で、日吉に関わるほぼ全てが嫌いだから。

だから、ごめん、笹本さん。


「……そこまでいくと日吉嫌いも重症だな」

「重症もなにももう直らないからこれ。っていうか病気じゃないし。正しい感情だから」


罪もない女の子まで嫌うのは我ながら酷いと思うけれど、理性で抑えようと思って抑えられるもんじゃない。別に笹本さんのことをいじめるわけでも悪口を言うわけでもないし、話しかけられたり話さなきゃいけない流れになったら、ごくフツーににこやかに話はする。心の中に黒いものを抱えたまま。
だから、これくらいは許してほしい。ちょっとだけ、その黒い感情を吉村に聞いてもらうことも。


「なんていうか八つ当たりなんだけど、笹本さんのあの癒し系な感じのところっていうか、あのふわあっとした感じまでイライラしてきちゃって、」

「……日吉が嫌いなのって、性格が悪いからだって言ってたっけ」

「うんまあそんなとこだよ。こっちが傷つくことも平気でしやがるし」


そう、全てはあいつのせい。


(20110108)

[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -