大嫌いな君へ | ナノ
拝啓、私の嫌いな君へ

あいつと初めてクラスが一緒になったのは、確か氷帝学園幼稚舎の2年生だったと思う。それから今に至るまで、違うクラスになったことがない。幼稚舎はあまり一学年の人数が多くないからクラスが被ることは珍しくない。でも中等部に入ってからも含めて6年間も同じクラスだというのは奇跡的だった。全く、なんとつまらない奇跡なのだろう。

あいつの家と私の家は遠かったし、家同士の付き合いもないから幼馴染みというわけではない。ただ相手のことはよく知っていた。あいつが2年生のときに学校の怪談をおどろおどろしく語ってクラスメイトを泣かせたことも知ってるし、5年生のときに先生を間違えて「師範!」と呼んだことだって知っている。

小さい頃は、学校でよく一緒に遊んでいた。あいつは好奇心が強くて、私は冒険心が強かったから、遊び方が似ていたんだと思う。似たような他の友人たちも合わせて一緒につるんでいたら、「先生泣かせ」と呼ばれたこともあったっけ。そろいもそろって可愛いげのない、ふてぶてしい子供ばかりだったから、先生はさぞかし大変だったろう。

こんな感じだから、特別な関係ではないけれど仲は良かったと言える。

でも成長するにつれて、あいつも含んだ男友達と遊んだり話したりする機会は減っていった。小さい頃は見ているものも感じるものも一緒だったのに、いつの間にか性差の壁ができて、その壁は消えることはなく、日々高く分厚くなっていった。今でも男の子と仲良くなったり話したりはするけど、相手を自分と同じと見るよりも異性だと意識することが多くなった。それは自然な流れだったから、寂しくなったり悲しく思ったりすることはない。私も自然と、女の子とばかり話すようになった。

唇をつやつやさせるリップ、いい香りのするシャンプー、肌を焼かないための日焼け止め、ピンク色のポーチ。
いつしか、そういうものに心惹かれるようになっていた。私は全く女の子らしくなかったけれど、鬼も十八、蛇も二十歳。年ごろになって、そういうものを好ましく思うようになった。

一つ残念なのは、もともと女の子らしかった子には全然かなわないってこと。彼女たちは男が好む可愛らしさを既に身に付けている。私はちょっとでもお洒落に可愛くなろうと努力をしてはいるけれど、まだまだ及ばない。
私や私と仲のいい女の子は、派手でも地味でもないけど、女らしくなり始めた元気な女子っていう立場だ。ギャルや清楚な美人ほどには目立たないけれど、身なりに気を遣わない地味っ子ほどマイナーな存在でもない。でもあっけらかんと明るいせいか、男女とわず、仲良くしてくれる子は多い。


そんな中で、日吉との仲が悪くなったのはなぜだったか、全く覚えていない。話さなくなったなんてレベルじゃない。

私はあいつが大嫌いだ。







まだまだ寒いものの、冬の寒さはだいぶ和らいできたような気がする。外ではまだ冷たい北風が吹いているけれども、暖房の効いた教室の窓側にいると、日差しで体がぽかぽかと温まって眠くなる。机に座ってまどろんでいると、まるで春みたいな気分になった。


「もー超カッコイイっ!腕まくりしたときのあの二の腕の筋肉とか!」

「そうそう!バスケとかやってるときはマジやばい」

「え、誰のこと?バスケって、吉村?」


しろちゃんが頬を押さえて身悶えしながら語ると、ゆっこがうんうんと頷いて同意した。ぼうっとしているといつの間にか、いつか買ってみたいコスメランキングの話から、カッコいいクラスの男子の話に移っていたらしい。
話題の人が誰なのか分からなかった有里が聞くと、二人とも信じられないというような表情でこちらを見た。彼女たちの愕然とした顔に、有里は何か悪いことをしたような気になって居心地が悪くなった。


「吉村くんじゃないよ」

「なんで吉村なのよ、吉村はあんたの旦那でしょうよ。私たちは興味ないわよ」

「旦那って何だ旦那って」


バスケとか言うから、バスケ部員でありクラスメイトでもある吉村のことかと思ったのに違ったらしい。吉村は体が大きい割には敏捷で、足も速い。1年生にしてレベルの高い男子バスケ部のエースと言われていて、評判がいい。


「だってラブラブじゃない、いっつも一緒にいるし超仲良さそうだし」

「ていうかホント付き合ってないわけー?隠してるだけでしょ?」

「いやなんでそうなるのさ。付き合ってないから。で、吉村じゃないなら誰なの?」


誰なのかが知りたくて無理矢理話題を戻すと、二人は目で合図をしてにんまりと笑った。その顔を見て、有里はなんだか嫌な予感がした。二人がそろってこんな顔をしているときは、たいていろくでもないことを言う。


「さっきの流れで誰か分からないのなんて有里だけよ。ねえ、しろちゃん」

「うんまあねえ、吉村くんを真っ先にあげるのは有里ちゃんだけだと思う」

「だから、誰よ。バスケがどうのって」

「日吉よ、日吉」


その名前を聞いた瞬間、嫌そうに有里の表情が歪んだ。淡い青色のペンを握りしめる手に不必要に力が入る。
日吉?日吉って、あの日吉?……できるならば名前も聞きたくないやつだ。


「うちのクラスのイケメンって言ったら日吉しかいないじゃん」

「日吉くん、クールなところも素敵だよね。きりっとしてるし」

「日吉……」


あいつに対する褒め言葉を聞いていると、友達の言うことでもムカムカしてくる。なんでよりによってあんなやつ。胃の底がかあっと熱くなって、その熱が自分をいらだたせる。じりじりと内部から皮膚を焼いて怒りが突き出てきそうだった。
恨みのこもった目付きになった有里を見て、ゆっことしろちゃんは顔を見合わせた。二人とも押し黙った後、しばらくして、呆れたような顔をしたゆっこが口を開いた。


「あんた、ホント日吉のこと嫌いだよね」

「大っ嫌い、ホント嫌い、消えてほしい」


有里は小さな声で、しかしはっきりと唸るように吐き捨てた。ぎりりと歯を噛みしめる。そうでもしないと体の中に溜まった日吉に対する嫌悪感、憤怒、恨みのような、腐った油のようなどろりと臭いを放つ感情が溢れ出てしまいそうだ。
心優しいしろちゃんはそんな有里に困ったような顔をした。


「有里ちゃん、そこまで嫌いだったんだ。お互いに嫌ってるってことは聞いてたけど」


これ以上あいつの名前を口にするのも嫌で、有里は唇を強く噛んだままゆっくり頷いた。ゆっこは反対に、感嘆したような声を上げた。


「日吉、あんなに人気あるのにそこまで嫌えるってある意味すごいと思うけど。前から聞いてみたかったんだけどさあ、なんで有里はそこまで日吉が嫌いなわけ?」


どうしてこんなに日吉が嫌いなのか。

改めて考えてみても、その答えを出すのは難しかった。もともとは結構仲が良かったのだ。でもいつの間にか大嫌い、むしろ憎いぐらいに思うようになっていた。
ここまで関係が悪化したのは、確か2学期に入ってからだ。中等部に入学した当初は、昔のように話したりはしなくなっていたけれど、こんなに嫌い合うこともなかった。

今では日吉に対する負の感情だけが積もり積もっていて、そう思う原因が何だったのかなんて覚えていない。でもきっと、あの無神経野郎に何かを言われたかされたかしたんだと思う。何もないのに人を嫌いになったりするわけない。
そう、妙に人を傷つけるようなことを言うんだあいつは。ゆっこもしろちゃんも他の女の子たちも、どうしてあんなに日吉をちやほやするのかさっぱり分からない。イケメンだっていうけど、顔から性格の悪さがにじみ出てるじゃないか。運動ができる男子がカッコいいというなら、吉村がいるのに。

あいつの顔を見ないですむならそうしたかった。でも同じクラスだから、どれだけ避けていてもどうしても会ってしまうし、鉢合わせてしまう。そういうときにもいちいち勘にさわることをしてきて、腹が立つ。

本当に日吉には憎しみの感情しか残っていない。


***


あいつとはかれこれ6年間もクラスが同じだ。中等部に入ってもまたクラスが一緒だったのを知って、ああまた今年も一緒かと思いはしたものの、特にそれ以上何も思いはしなかった。だがその一緒であるという事実が、今の俺を苛立たせる。
昔はそれなりに遊んだりもしたものだが、それはあくまでも昔の話。

俺は、あいつが大嫌いだ。

氷帝学園中等部は一学年の人数が多い。だから違うクラスになりさえすれば顔を合わせずに生活することができる。だが、同じクラスである以上それは無理な話だった。あいつがクラスでぎゃあぎゃあ騒いでいる声を聞くたびに、俺はイライラして仕方なくなる。

黙れ。俺の前から消え失せろ。うざいんだよ、お前。

クラスメイトである以上教室にいるのは百歩譲って仕方ないとしても、ばったり出会ったり鉢合わせたりしたら、嫌悪感も憎しみも一気に何倍にもふくれあがる。性格が合わないとか価値観が違うとかそういうレベルの問題じゃない。もっと生理的なレベルで、根本的に俺はあいつに嫌悪感を抱いている。


「ほら、あの日吉と同じクラスの明るい女の子いるじゃん。あの子、すごくいい子だよね」


鳳がめずらしくほわほわした顔をして俺に話しかけてきた。部活直後で着替え中だった俺は手を休めず、鳳の方を見ようともせずに、タオルで体をぬぐった。激しい練習のせいで、冬だというのに汗がだらだら出てくる。


「うちのクラスの明るい女子?白田のことか」

「名前なんだっけなあ。えーっと……そうそう、越川さん」

「は?越川?」

「うん、この前たまたまちょっと話す機会があってね、音楽の話とかしてたんだけど」


テニス部にまで入り込んでくるんじゃねえよ、クソ女が。
俺は、自分の顔が歪むが分かった。嬉しそうに話す鳳は俺の変化には気がつかない。俺は、ぐっと奥歯を噛みしめた。できるだけ声色を変えないようにして返事をする。


「あんなやつのどこがいいんだ」

「え?明るいし、楽しい子じゃない」


明るい?あいつが?ただ粗雑なだけだろうが。
今ではあいつに対する嫌悪感が募りすぎて、正直、そもそもどうしてあいつを嫌いになったのかという原因を全く覚えていない。でも一つ言えるのは、おそらく粗雑でデリカシーのかけらもないあいつに何かをされたということだ。何もないのに嫌いになったりするはずはない。
うちのクラスの吉村といい、鳳といい、どうして越川をちやほやするんだ。あんな女らしさも気遣いの欠片もないやつを。

あんなやつ、さっさと俺の目の前から消えてしまえばいいのに。


(20110104)

[back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -