大嫌いな君へ | ナノ
心の中の齟齬

当分の間はここで生徒会の仕事をしろ。今日はこの書類の整理と確認だ。竹内からの連絡を待て、お前には俺と竹内の連絡を取り持ってもらう。



直接竹内先輩と連絡を取りつつ部活に集中するのは難しいから、それをどうにかしろということなのだろう。跡部先輩に確認する書類を生徒会から運んできたり、タイミングを見計らって竹内先輩の伝言を伝えろ、と。格好良く言えば秘書……なのだけれど、要するにパシリだ。元々雑用だからあんまり変わらないけれど。

私は慣れぬ環境で落ち着かなく思いながら、がさがさと紙に目を通す。私しかいない室内、逆に大勢が練習をする外のテニスコート。窓から掛け声やボールの高く響く音が騒々しく聞こえてくる。しかしそれは運動部らしくて、不快ではない。
集中して作業をしていると、竹内先輩から跡部先輩への質問メールが来た。私は書類を机において、部室から出る。ドアを開けたとたん、外の音が一気に、鮮明に流れ込んできて私は一瞬気圧されそうになった。練習の掛け声ではない、歓声だ。いつの間にか、女子の声も混ざっている。

見ると、部員同士で試合をしていた。トーナメント戦か何かがあるんだろうか。盛り上がっているコートの脇で跡部先輩が立っているのを見付けて、私は彼に走り寄った。


「跡部先輩、竹内先輩が――」

「あーん?聞こえねえ、もうちょっとでかい声で話せ」


黄色い歓声やら男子部員のざわめきがあちらこちらに渦巻いて、声がなかなか届かない。見えない音幕を破ろうとして私は声を張り上げた。


「そうか、それでいい。許可すると言っておけ」

「はい」


音に負けずミッション完遂、私はほっと息をついた。改めてコートを見やると、対戦している部員はレギュラージャージを着ていない。何面かを使って、複数の試合が同時進行していた。
ぽん、と誰かに肩を叩かれて振り向くと、髪の長い男の子がいた。レギュラージャージを着ているから、たぶん2年生か3年生だ。特徴的な丸眼鏡。この人、噂の忍足先輩じゃないだろうか。彼は耳打ちをしてきた。そうでもしないと声が聞こえにくい。


「なあお嬢ちゃん、もしかせんでも生徒会の、えーっと」

「越川です」

「ああそうやった、越川さんや越川さん。跡部から聞いたで。ちょっとこっち来てくれへん?」

「え?あ、はあ?はあ」


何の用だろう。手招きをされて大人しく着いていくと、彼は別の試合中のコートで立ち止まった。ちょっとすまん、といいつつ部員を掻き分けて私を試合が見える場所まで連れて行く。コートの中にも外にも、あきれるほど人がいる。男子テニス部員って200人くらいいるんだっけ。うちは学校自体がマンモス校だけど、それにしても多い。


「今何やってるんですか?ただの練習試合じゃないですよね」

「これは準レギュラー決定戦や。夏の大会までに入れ替わる可能性もまだあるけどな」

「へえ、だからこんなに観客がいるんですね」

「おお、おった。越川さん、確か同じクラスって跡部から聞いたで」


肩越しになんとかコートをのぞき込むと、手前側のコートに、妙なポーズ――普通のテニスの構えではなく、体を沈めてラケットを肩の高さまで上げた格好――をしている男子がいた。思わずあげた声は周りの歓声にかき消された。


「日吉!?な、何やってんのあいつ」

「おもろいやろ。あれな、古武術の構えなんやて。監督の指示なんやけどさてどう出るやら、楽しみでな」


言われてみれば、昔見せてもらった古武術の型にそっくりだ。でもこんな構えのテニスなんて見たことない。そんな馬鹿な、と隣にいる忍足先輩にも聞こえないようにこぼす。


「日吉は別に目立ってテニスが上手いわけでもないけど、榊監督が目ぇつけたくらいやからな、この試合で花開くかもしれんで」


他のコートに比べるとこのコートの周りにはやや観戦者が多い。コートに一番近いフェンスには女の子がはりついている。てん、てんと日吉の相手がボールをつく。パン、と強い音が鳴ってサーブがこちら側へ飛んできた。
試合が始まった。






最初ぎくしゃくしていた日吉はワンゲームを取られ、あっという間に負けるかと思いきや、徐々に波に乗り始めた。ひらり、ひらりと演武を舞うような、流れる水のような動きをする。こんなの、見たことがない。見たこともない構えで、見たこともないやり方で相手を押していく。観客はそんな日吉の様子にあっけに取られて、一瞬、周りがしんと静まりかえった。
ひときわ鋭い音が空気を切り裂いて、てん、てんとボールが相手方のコートに転がった。


「フィフティーラブ、日吉!」


わああああああ!
日吉すげえ、なんだあれ!盛り返したぞ!


私はぽかんと口を開けた。どうなってるの、これ。あんな妙ちきりんな構えになっただけで、あんな動きができるわけ。その姿は私が知っている古武術をする日吉に似ていて、でも私が知ってる日吉ではなかった。

きゃあああああ、日吉くん格好いいーっ!

一拍遅れて来た女子の甲高い声援にはっとして、視線を上げる。……あのフェンスの側に居る女子たちの中に、ゆっことしろちゃんも混ざってないか。絶対そうだろう、あそこの二人。彼女たちは、日吉が目当てなんだろうか。そういえば日吉が格好いいとかなんとか言っていたっけ。

格好いい?あいつが?

目の前で当の本人は、じりじりと得点していく。


「ほお、これは驚いた。動きが格段に良うなっとる。準レギュラー、なれるかもしれんな」

「……そうですか。で、先輩はなんで私をここに連れてきたんですか?」

「そら日吉の試合を見せたかったからや」

「何でですか」

「面白いやろ?」

「まあ、そうですけど」


私は釈然としない気持ちでじろりとにらみつけた。たぶん忍足先輩である彼はやれやれ、と首を振る。
そうこうしている間に、日吉が試合に勝利した。対戦をしていた二人とも汗だくで、試合の激しさを物語っている。周りでは、まさか日吉が2年に勝つとは、とか、なんだあれは、とか皆口々に思いを語っている。


「それにしても日吉って、こない女の子に人気あったんやなあ。まあ跡部に比べたら微々たるもんやけど」


きゃああああ、日吉くん、と叫ぶ彼女たちの声。可愛らしく、どこまで真っ直ぐな声がコートの中にどんどん突き込まれてくる。彼女たちは日吉に向かって、フェンスに遮られると分かっているのに手を伸ばす。捕まえるかのように。
女の子に人気、ねえ。なんであんなやつが。


「私、委員の仕事あるんで戻りますね。失礼します」

「あ、ちょっとお嬢ちゃん……」


歓声に紛れて声が聞こえないふりをして、適当なことを言う忍足先輩に背を向ける。耳に囁かれて聞こえないはずはないのだけれど、もう嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ。何が格好いい、だ。何が演武よ。日吉が女の子に人気だって。馬鹿みたい、そんなの。


……でも、何が?


背後で、こら難しいなあ、という忍足先輩の声が聞こえた気がした。


***


勝った。

息があがる。榊監督に指示されたのは、「お前の構えでテニスをしろ」ということ。自然と古武術の型に収まったのだが、さすがに最初はこれで試合をするのには違和感があった。ボールの返し方も、打ち返したときに負荷がかかる場所も何もかもが違う。だがそれは徐々に慣れた。古武術の型で試合をするのは初めてだが、不思議と動きやすい。この構えを取っていると体が自然に動く。想像以上に俺に合っているようだ。

このまま油断をせずに進みたい。俺は、レギュラーになって跡部さんを倒したい。
対戦した2年の先輩に一礼してから、俺はくるりと振り返った。



一番最初に目に入ったのは、やんやと喝采する部員、の中で突っ立っているあいつと、あいつに顔を寄せて耳打ちしている忍足さん。俺が振り返るとほぼ同時にあいつもくるりを背を向け、部室の方へ歩いて行った。見られていたのか、とすこし複雑な気分になる。だが、それ以上に不可解だ。生徒会の仕事で部室にいるはずのあいつが、なんで忍足さんと一緒にいる。なんで、忍足さんと。なんで忍足さんと。何を、話していたんだ。
勝利に高揚する気分の片隅で、微かに不快感が生まれたのをしっかりと感じた。


「おめでとうさん」

「ありがとうございます。でもまだ一勝なんで、油断はしませんよ」

「せやな、でも面白かったで。越川さんもポカンとしとったで」

「越川?……忍足さん、あいつと何話したんですか」

「気になるか」

「別に、ちょっと聞いてみたかっただけで。どうでもいいです」


ムカッとした俺は、少しぶっきらぼうに言ってその場を離れた。
つうっと垂れてくる汗にタオルを押しつける。ゆっくり息を吐いて、呼吸を整える。ドリンクを飲んだらクールダウンに行こう。次の試合までに少しでも状態を良くしておきたい。
ふと、鳳が言っていたことを思い出した。あいつが、いい人だと。

何がいい人、だ。何が生徒会だ。忍足さんも鳳も馬鹿みたいだ。あんなやつ、気にもならない。

それを本心だと思いたかった。忍足さんとどうして一緒にいたのか気になっていることには、とっくに気が付いていた。


(20110609)

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