アフターハーレム | ナノ
相手の知識があるというのと、相手を知っているということは全く違うのだと、痛感した。
私は、彼のことを知っていた、はずだった。でも、知らなかった。

『前』から、幸村くんとならそこそこ趣味がかなり合うだろうと思ってはいたけれど、まさか、ここまで話が弾むとは思ってもいなかった。

ガーデニング、絵画、フランスの詩集。

一つ、二つなら話があう人もいるだろうけれど、ここまでたくさん趣味が一致する人もなかなかいるまい。
フランスの詩集なんて、私も『大学生になってから』知ったもの、だけど。
大学生の時に教養を深めておいて良かったと、ちょっとだけ思った。







加速する地殻変動




あれから由紀は、幸村くんと仲良くなった。学校ではめったに会わないけれど、部活が終わった後、たまに一緒に帰るようになった。

話題は尽きない。幸村くんは理解力もあって、するする話ができる。そして、私の言った発言を変に思われるんじゃないだろうかとか、悪く聞こえたかなとか、そういった心配もしないでいいことも分かった。

楽しい。何も気をつかわずに、思うままに話しが弾む。

本当は毎日でも一緒に帰りたいけれど、迷惑な気がした。彼が私と一緒に帰ることを、義務のように負担に感じて欲しくはない。彼はよく誘ってくれるけれど、理由を付けてときどき断る。少し心苦しいけれど、私のせいで、彼が悪く言われるようなことがあってはならない。



朝教室に着くとタイミングよく、机の上に置いた携帯がふるえた。


『from: 幸村精市
 Sub : モネの画集
 本文: 画集、貸してくれてありがとう。ありきたりな言葉しか出ないけれど、さすが「光の画家」だと思ったよ。やっぱり俺は印象派が好きなんだと思う。一度、実物をぜんぶ見てみたいね。』


由紀は画面を見て、顔をほころばせた。


「由紀、おはよ!顔がニヤけてるよー。なんかいいことあった?」


キコがひょいと、由紀の携帯を覗き込む。


「えーと……えっ!?ゆきむ――」

「しーっ!キコ、声が大きい」


キコは慌ててぱくりと口を閉じた。しばらく黙ってから、おそるおそる小さい声で言う。


「由紀、幸村くんといつの間にこんなに親しくなったの?」

「報告してなかったっけ。数日前。ほら、アレの関係で」

「ああ、今、男テニの絵、描いてるんだよね」

「うん。それでね、話してみたら、結構趣味が合ってね」

「ああー、なんか分かるなあ。由紀、落ち着いてるし、なんか合いそう」


落ち着いているっていうか、年取ってるだけなんだろうけどね、私。そんなことを思ってしまう自分に苦笑する。


「一緒に遊びに行ったりした?」

「いや、そこまでじゃないよ。たまに一緒に帰ったり、メールするくらいだし」

「どんな感じ?恋的な意味で」

「そのストレートさには感服するよ、キコ……」


彼女は正直で、素直で、まっすぐだ。そんなところが好きなのだけど。

恋的な意味で、か。昔は大学生だったなんて思っている、少なくともそう信じている今の私に、恋なんてできるんだろうか。周りの男の子は中学生しかいないのに。先生っていう手もなくはないけど、中学生と先生の恋なんて犯罪になっちゃうし。

由紀は苦笑した。こればっかりは、どうしようもない。






4時間目が終わったとたん、隣のクラスの女の子がせわしなく駆け込んできた。確か、村上さん、だっけ。普通の明るい女の子だ。


「ねえ、ちょっと、聞いた!?」


彼女は大きな声でそういうと、仲の良いうちのクラスの女の子グループに走りよって、ひそひそと何かを言った。
そのとたん、大きく女の子たちがどよめいた。みんな、びっくりしたような顔をしていて、信じられない、うそ、だってあんなに、などと口々に言う。


「んー?何か、あったのかな」


由紀の隣でお弁当を広げていたキコが首をかしげる。


「さあ……、」

「イケメンアイドルが結婚したとか、かなあ」

「告白を断り続けてたバスケ部部長が彼女作った、とかね」

「本当にそうだったら大ニュースだね」


適当なことを言っていると、さっきまで固まっていた女の子たちのうちの一人が、やってきた。


「ねね、長崎さんたちは、聞いた?」

「何を?」

「さっきからなんか騒ぎになってるけど、どうしたの?」


女の子は、わざとらしく眉をひそめて、顔を寄せてきた。


「仁王くんと藤川さんの話」


由紀はキコと顔を見合わせた。何も、知らない。嫌な予感がした。

仁王くんと、藤川さん。

あれから仁王くんを重点的に観察したけれど、結局何も分からなかった。ただ時々、異様に冷たい目をする。どういうことなのか、分からなかった。藤川さんがらみなのは分かったけれど、それ以外は、何も。
同じようなシチュエーションでも、冷たい目をするときとしないときがあって。どちらが彼の本心なのか、何が彼の本当の感情なのか、全然読めなかった。


「あのね――」


噂好きの女の子は、小声で続ける。




「今日の朝、仁王くんと藤川さん、別れたんだって」


***


噂はあっという間に校内を駆け巡った。男テニレギュラーのイケメンと学年トップ可愛さを誇るマネージャーが別れた、と。

まさか、まさか。

だって、あんなに仲むつまじく見えたじゃないか。喧嘩しているようにも見えなかった。仁王くんだって藤川さんだって、笑ってた。

なのに、なんで。

あの仁王くんの冷たい目は、まさかその前兆だったのだろうか?でも、冷たい目をするときなんて一瞬だった。
もしかして、噂に背びれ尾びれがついて、別れたって話になってるだけじゃないのか。実際は、廊下でちょっと喧嘩しちゃったとか、そういうだけで。

そうだ、きっとそう。

放課後になるのをじりじりと待って、由紀はいつもの画材を持ってテニスコートに走った。
穏やかな4月は、終わりかけていた。

(20101127)

[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -