アフターハーレム | ナノ
自分にしか分からないことがある。

他人だからこそ分かることもある。


関係者にしか気がつかないことがある。

部外者だからこそ気がつくこともある。


身内だから許せることもある。

身内だからこそ許せないこともある。



それは何にでも言えること。

友達でも、先生でも。

委員会でも、部活でも。







一見いつもと変わらぬ風景




最近キコの雰囲気が、ちょっとだけ変だった。そして、キコの所属する女子テニス部も。普通の友達なら気がつかなかったかもしれない。由紀が気がついたのは、洞察力の鋭さでも奇跡の友情パワーでもなく、ただ単に長い間よく観察していたからだ。絵のモデルとして。
極度に沈んでいるわけでもなく、行動もいつも通りだったから、何か悩みがあるのだろうと、特に聞き出すことはしなかった。キコなら、話したくなったら話してくれるはずだ。
そして、その時は案外早くやってきた。


「あのね、最近、女テニでちょっともめてたんだ。それでちょっとだけ雰囲気が重くなっちゃって」


今日の彼女は、すっきりした表情をしている。


「でも、もう大丈夫。昨日ね、話し合いがまとまったの」

「何でもめたの?」

「マネージャー」

「マネージャー?」

「うん。1年生で女テニのマネやりたいって子がいて、やらせるかどうかって話」


女子テニス部にマネはいない。ドリンクの準備やボール拾いは、1年生が持ち回りでやっている。他の運動部でも同じだったはずだ。基本的に、立海大附属中にはマネージャー業は存在しない。ただ、男子テニス部の藤川さんとその友人の高橋さんだけが例外だった。


「へえ、女テニでもマネの話が出たんだね」

「うん。ほら、男テニでマネ入れたら結構うまくいったじゃん。雑用が減って、練習時間増えたって」


男テニ、今年はどうするんだろう。新たに1年生からマネ募集したりするのかな。そしたら、男テニにマネージャーという役割が定着するだろうけど。藤川さんと高橋さんは、彼女らの熱意と男テニ部員の賛成で、例外的にマネになったのだ。


「女テニでは、マネは、認めないことにしたよ」

「え?」


話の流れから、女テニにもマネを導入するのかと思っていたら、逆なのか。


「なんで?」

「んん、なんでだろー。なんか、結局そういう雰囲気になった」

「え、ちょっと、そんなんでいいの?」


由紀がそう返すと、キコは少し困ったような顔をした。


「適当に決めたわけじゃないよー。かなり意見、ぶつかったし。部活ではここのところ、その話ばっかりしてたし」


でも、と彼女は続ける。キコの瞳の色が深くなったような気がした。


「うまくいかない気がしたの。うまくいかなくなるんじゃないか、って。選手とマネージャーの関係がね」

「どうしてそう思うようになったの?」

「……なんでかな、」


彼女は空を仰いで、遠くを見るような目をした。小さな声が唇からこぼれた。


「今の男テニを見て、そう思ったのかもしれないね」


***


放課後、いつものようにテニスコート脇へ行き、女子テニス部の練習が始まるのを待っていた。待ち時間に、絵の道具を広げながら、由紀は考え込んでいた。

選手とマネージャー。関係がうまくいかない。男子テニス部。

どういうことだろう。藤川さんや高橋さんと、男子テニス部員の間に何かあったんだろうか。いや、あれだけ注目されている彼らのことだ、トラブルが起きたなら噂にならないはずがない。
そういえば以前、キコは男テニと藤川さんの関係について、ちらっと疑問を口にしたことがあったっけ。どんな内容だったかよく覚えていないけど。

イーゼルに完成しかけた絵をのせて、由紀はその前に座った。

藤川さんと高橋さんは、女子マネとして優秀だという噂だ。マネ業をこなすために、汗で流れるからと化粧もあまりしないし、あぶないからと爪も短くしている。肉体的にもつらいはずだけど仕事もさぼらない。夏には日焼けしていた。それでも愚痴もこぼさず、にこにこしている、と。
性格もいい、というのがもっぱらの評判だ。同性に厳しい女の子がそう言っているんだから、たぶん本当にそうなんだろう。

いわゆる『ミーハーな悪女』タイプとは全く違うようで……この年でそんな強烈な子、そうそういないか。

じゃあ、キコが男テニを見て感じとったのは、なんだったんだろう?






「美術部の長崎さんだよね」


ぼうっとしていたところに背後から声を掛けられて、びくっとする。振り向くと、そこにはあの「幸村精市」がいた。


「いきなり声かけてごめんね」

「いや……。えっと、幸村くん?だよね?」


――初めて立海レギュラーと話した。
軽くウェーブのかかった黒髪、芥子色のジャージ、肩にかけたラケットケース。間違いないだろうけど、一応確認する。


「うん、はじめまして。よく分かったね」

「幸村くんは有名だし。むしろ、幸村くんは何で私の名前知ってるの?」

「蓮二――うちの部の柳蓮二に教えてもらったんだ」


だいたい予想はついていたが、実際に言われると軽くショックだった。由紀は今まで男子テニス部員と深く関わったことはないし、目立つようなことをした覚えもない。
柳くん、本当にいろんな人のデータ持ってるんだな。末恐ろしい中学生だ、ホントに。


「長崎さんに話かけてみたくてね」

「私に?どうして?」


幸村くんは視線を私からそらし、私の後ろを見た。彼の目はカンバスを見ていた。


「その絵、近くでみせてほしいなって」


何にそそられたのかは分からないが、興味を持ってもらえたのは素直に嬉しい。どうぞ、と返すと、幸村くんはこちらに近寄ってきて、じっと絵を見つめた。
絵を眺める幸村くんを見て、思う。遠くから見ても近くで見ても、やっぱり幸村くんは奇麗だ。



幸村くんの口元がわずかに歪んだのが分かった。

どきっとして、思わずまじまじと彼を見つめる。
どうしたんだろう。特に彼の気に障るようなものは描いていないはずなのに。


「その絵が、どうかした?」


幸村くんははっとした顔をして、慌ててこちらを向いた。彼の焦った表情を見て、思わず、さっきまで考えていたことがぽろっと口からもれた。


「ねえ、男子テニス部員とマネージャーさんの間で、何かあったりした?」


その瞬間、彼の表情は固まった。



今度はこちらが焦る番だった。

まずいこと聞いてしまったかもしれない。


(20101116)

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