アフターハーレム | ナノ
真実を知りたくなるのは人の性。
でもその一方で、知らぬが仏。

ときどき、「知ること」をめぐって問題が起きる。知らせたくないという周りの人間と、知りたいという張本人との間で起きる。

よくある話。
あなたのために知らせたくなかったという気持ちと、責任感から知りたいという気持ち。どちらが悪くてどちらが正しいのか、両方が間違っているのか両方が正しいのか、それは誰にも分からない。問題が終われば分かるかもしれないし、分からないかもしれない。どう判断すべきかは個人にゆだねられている。絶対的な評価はできない。だから、簡単に言うなら「分からない」。

ただ、その気持ちのすれ違いっぷりは、とても人間らしい。







一字不説




中庭で待っていた藤川さんは、前よりは元気になっていた。相変わらずやつれたままで、前のようなはつらつとした瑞々しさ、一点の曇りもないような明るさはない。失恋からまだ1カ月しか経ってないのだから、無理もないだろう。今ではもう彼女に対する悪口もだいぶ少なくなっている。
彼女は、切原くんにひっぱってこられた由紀と目が合うと、嬉しそうに笑って手を振った。


「ナイス赤也!私もすごく気になってたのよね」

「こ、こんにちは藤川さん」


促されて、二人の正面に座ったけれど、彼らの全く意図が読めない。気になっているって何の話だろう。若干不安になって切原くんに視線を投げると、彼はにこにこしたまま意味不明なことを言った。


「ほら、長崎先輩は口を割らないって話を聞きまして。でも、優香先輩になら話すかなあって思いまして」

「口を割るって、何のこと?」

「またまたあ、分かってるくせに。いいじゃないスか、ちょっとぐらい話してくれても」

「もしかして長崎さん、なんて噂されてるか知らないの?」


切原くんの猛追に目を白黒させていると、藤川さんが驚いたように小さく叫んだ。
どうも噂の話だったらしい。由紀はようやく理解した。口を割らないというのは、噂について聞かれても適当にかわしていることを指しているのだろう。黙って首を横に振ると、切原くんが叫んだ。


「ええっ!?こんなに噂されてる中で堂々とスルーとは。さすが部長の彼女ッスね!」


時間が止まった気がした。


「……はい?」


今、何ていった。

周りの喧騒が耳につく。頭では言葉が理解できるのに心が理解することを拒絶しているといえばいいのか、変な汗が一気に吹き出てきた。


「え、違うの?長崎さんと精市って仲良いし、絶対ホントだと思ってたのに」

「じゃあ幸村部長とはどういう関係なんスか。隠れて付き合ってた感じ?東京でデートしてたって聞きましたけど」


由紀は焦った。
東京でデート。間違いなく植物園に一緒に行ったときのことだ。噂になってる、ってこのことなのか。


「ええっ、なんで、いやあれはデートじゃなくて」

「やだー隠さなくても良いよ、言いふらしたりしないから。長崎さんやるね!」

「ほんとッスか?だって最近よく一緒に帰ってたじゃないッスか!」


絶句。ぱかっと開いた口から言葉が一瞬出てこなくなった。だって、切原くんの指摘は否定できない事実だから。


「いや、だから付き合ってないって」

「その反応は、やっぱり怪しい!俺も名前も知らねえ女から『長崎さんってどんな人?』って聞かれまくって大変だったんスよ?」


否定しても目を輝かせて迫ってくる二人の勢いと話の内容のぶっそうさに、由紀は思わずのけぞった。
まさか、東京のあの人混みの中で誰かに見られているとは思いもしなかった。あの人口の中で発見されるなんてある意味奇跡だ。デート、だなんて。デートに見えるかもしれないけど、男女で遊びに行くことイコール・デートだとするなら、確かにその通りだけど。

由紀はひたいを押さえた。あの幸村くんにまさか彼女がなんて噂が流れたら、そりゃあみんな噂したくもなるよね。それにしても幸村くんに申し訳ないことになってしまった。どう好意的にとってもいい気はしないだろう。もし彼に好きな人がいたのだとしたら、なおさら。
由紀は息を吸い込んで腹に力を込めると、一気に宣言した。


「いやだから違うってば!ただの友達。東京のソレは、趣味が高じて一緒に植物園に行っただけ。本当ホント、何にもないんだよ。幸村くんとはね、動植物が好きとか絵画が好きとか詩集が好きとか、そういう趣味が合うの。趣味が一緒なだけ、趣味友」


自分でそう言っているのに、また小さく心が痛み出した。いつの間にか、私にとって幸村くんは大事な人になってしまった。彼と知り合えたことは幸運なことだった。でも、いつも優しかった彼から私は遠ざからねばならない。事実、さりげなく避けている。
私は特異な人間で、協力者でありながら舞台の外の人間で、だから必要以上に彼の領域に踏み込んではいけないという自戒と、そして彼に支えられていながら彼のつらさは全く理解していなかったという負い目から彼を避けている、それなのに彼に対して心が痛い。
私がこの世界の人であればいいのに、あの『大学生だった私』が『中学生の私』の妄想の産物であればいいのに、そう思いかけて、それでもまだ昔の私とそれをとりまく全てを忘れられない私がいる。

私の口調に本気を読み取ったのか、藤川さんは小さく驚き、切原くんはあからさまにガッカリした顔をした。


「ええ、本当?ホントならすごく残念だわ。お似合いだと思うのになあ」

「あはは、ありがとう、幸村くんに似合うだなんて私にはもったいない言葉だね」

「なんだ、あの部長の女がどんなやつか興味があったんスけどねえ。でも、それじゃあ長崎先輩って、部長とどういう関係なんスか?なんつーか、ただの友達って感じに見えないんスけど」

「確かに、二人っきりで帰るって、友達としてもかなり親密じゃないとあまりしないわよね」

「そうッスよ。……あれ、でも最近、なんで長崎先輩、部長と一緒に帰ってないんスか?喧嘩でもしました?」


顔をのぞき込んできた切原くんから、由紀は目を反らした。なんと言ったらいいものか。うまく説明できる自信がない。


「そういえば、最近ちょっと精市、変じゃない?携帯見てため息ついてたり、……部活中でも顔が少し険しいっていうか」


つうっと、背に冷や汗が伝うのが分かった。部活中の険しい顔。それは、この前見た幸村くんと同じだろう。きっと、あの話だ。
由紀が口にする前に、あっさりと切原くんが言ってのけた。


「最近ちょっとテニス部の様子変わったッスよね。なんつーか、ざわついているっていうか」


藤川さんの方が、向けない。彼女は気がついていない。でも切原くんがこのまま言えば、きっと彼女は気がついてしまう。私はどうするべき?ここではっきり話すべきなのか、それとも無理にでも話の流れを変えるべきなのか。
そうやって迷っている間にも、切原くんの口は止まらない。


「原因はやっぱりあのルールッスかねー反発してるヒトもいるみたいですし」

「え、え?ルールって……、反発?なんで?」


何か言うべきだと思うのに、由紀は何も言えなかった。二人の間で交わされる一言一言がゆっくり、重く感じる。口の中がからからに乾いていく。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。体が動かない。目だけが、藤川さんと切原くんの様子を追う。


「俺も詳しくは知らないッスけど、この前、木村先輩が部長に何かすごい勢いで言ってるのは見たッス」

「精市たち、なんて言ってた?」


その時、目の端に誰か見慣れた人が映った。彼は藤川さんの肩越しに見える。豆粒ほどの大きさだった彼は、こちらにお構いなく少しずつ大きくなってきている。


「あんまり聞こえなかったんスけど、ルールがどうのとか優香先輩がどうのって言ってたような」


軽くウェーブの掛かった長めの髪、華奢にもたくましくも見える体、やさしげな顔つき。二人は話に夢中で近づいてきている彼に気がつかない。彼と目があった。彼はなんとも言えない表情をして、立ち止まった。
幸村くんにはもう、私達の会話は聞こえるはずだ。


「え、私?なんで……」


きっと私も青ざめて、幸村くんと同じ顔をしていただろう。


(20110227)

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