アフターハーレム | ナノ
失敗を恐れるな、傷つくことを恐れるなと言われるけれども。
人を傷つけることは恐れていたい。自分が傷つくことには鈍感で、人を傷つけることには敏感でありたい。

そう、思うのは傲慢で世間知らずな考え方なのだろうか。

自分の行く末を自分で決めるのはつらい、でもある意味楽だ、その決定が吉と出ようと凶と出ようと背負うのは自分だから。人のことを決めるのは楽だ、だって他人事なんだから、でもその決定は他人の人生を左右する。

もし他人を巻き込んだ選択を迫られて、どっちに転んでも誰かを傷つける結果になってしまうとき、私はどういう顔をして生きればいいのだろう。







密かなる抵抗




彼ら三人のやり方は見事だった。

幸村くんは部長の独断として宣言することで『新しいルール』を部員達に半ば強引に受け入れさせ、柳くんと真田くんは中立的な立場から部員たちをフォローする。宣言に対する部員達の批判や困惑、それとは逆の賛同も、全てが幸村くんに集中する。あえて集中させることで、柳くんや真田くんは自由に動ける。幸村くんを非難する部員がいたところで、その人たちと二人は対立しないから、あくまでも中立として説得できる。

さらに、宣言の内容も上手い。『恋愛を持ち込むな』とは明言せず、『関係ない私情』とぼかすことで、藤川さんと仁王くんを名指しすることを回避した。もし名指ししてしまったら、表立って二人を非難してしまったら、部内はかなり荒れることになっただろう。その上、由紀が三強と話し合った時に出た言葉――『公私』だとか『仲間と恋人』だとか、ややこしい概念を使わずに、必要なことだけを最小限の言葉ですっぱり言ってのけた。

藤川さんと仁王くん、そして彼らの恋愛をめぐってぎくしゃくした関係を作ってしまった全ての部員に対して、遠まわしに「いいかげんにしろ」と言った、というわけだ。


「ふうん、なるほどねえ。昨日、割と男テニがざわついてたのってそれが原因だったんだ」


お弁当をつつきながら黙って由紀の話を聞いていたキコが、感嘆したように言った。ざわついて、ね。そうか、女テニからはそういう風に見えたのか。由紀は不思議な気分になった。自分からはそうは見えなかった、でも指摘されてみればその通りな気もする。自分はむしろ部員たちの気の使い方の変化に気を取られていたのだけど。大きな変化が分からずに細かいところばかり見てしまうなんて、我ながらひどいものだ。

それにしても。幸村くんたちの踏ん張りどころはこれからだ。部内でどういう反応が出るのかまだ分からないから。

特に気になるのは丸井くんだ。
丸井くんは昨日見た通り、幸村くんに反発している。彼が何に反発したかは分からない。幸村くんが勝手に決めたことに怒ったのか、その内容に何か思うところがあったのか。うまいこと桑原くんがなだめていたけど、多少なりとも影響はあるだろう。


「で、どうなったの?仁王くんと藤川さん」

「仁王くんはひょうひょうとしてたけど、何考えているのかよく分からない。既に受け入れてるのかも。藤川さんは困惑してたみたい。丸井くんが幸村くんにくってかかってさ、一触即発しそうな雰囲気になって。それを見て、ね」

「藤川さん、困惑?動揺じゃなくて?それってさ、つまり、……どういうこと?」

「え?どういうこと、って?」


由紀は意味が分からずに聞き返した。彼女は宙を見つめて何かを考えている。


「いやー、だってさ。その新しいルールって、仁王・藤川問題とそれにまつわるエトセトラ的な問題を解決するために作ったんでしょ。だったら、そんなルールできたら、普通は張本人は非難されてる気になるじゃん」


そう、幸村くんの宣言は批判であり、非難だ。ぼかしてはいるけれど。言われてみれば、藤川さんの反応はどことなく人ごとっぽい。彼女はたぶんまともな子だし、幸村くんの意図を理解した上で逆ギレしたり開き直ったりするタイプでもないだろう。と、いうことは。


「藤川さんには幸村くんの意図が伝わってない……?」

「そうなんじゃない?やり方が遠回しだし」


キコのあっさりした肯定に、由紀は沈黙した。肝心の藤川さんに伝わってないのでは、意味があまりない。効果が低くなる。彼女に気がつかせるのは真田くんか柳くんの役目だろうか。


「ねえ、由紀。幸村くんは」


大丈夫なの、と言いかけて、キコは口をつぐんだ。
大丈夫かもしれない。大丈夫じゃないかもしれない。彼は何も語らないから分からない。聞いたところで、彼は弱音を吐かないだろう。
私はただ見守るしかできない。そのはずだ。できるならば、私にできることがあるならば何でもしたい、でもこれはテニス部の問題で、私は部外者で、幸村くんは友達だけどどこまで何をしていいのかが分からない。


***


丸井くんはあの日以来、幸村くんにつっかかるわけでもなく、何もしなかった。普通に部活に来て、普通に練習していた。でもたぶん納得できていないのだろう、どことなく誰に向けるでもない苛立ちをにじませている。桑原くんは丸井くんが気になるようで、近くでちらちらと様子を見ている。他の部員たちは、大方が前と同じく様子見をしているような感じで、でも丸井くんと同じような反応をしている人もいる。

その場に居合わせることになったのは、本当に偶然だった。
幸村くんの宣言から数日経ったころだったか、その日、由紀は偶然早めにコートに着いた。たまには画材でも整理するかと思ってフェンスを支えている壁の脇にしゃがんでいたら、近くに人が寄ってくる気配がした。
誰かがコートを通ったのだろう。そう思って特に気にもとめなかったが、突然、その気配から鋭い声がして、由紀はびくっとした。


「幸村!どういうつもりだ」


この声は、確か2年生の平部員だ。幸村くんもいるのだろうか。何を言うつもりなんだろう。由紀は自分の心臓がどきどきし始めた音を聞いた。体を起こして誰がいるのか見てみたいけれど、たぶん相手は壁の向こうにしゃがんでいる人がいるなんて気がついていない。ここで起きたら絶対に気まずい。というか、まずい。


「何が」

「とぼけんなよ、分かってんだろ。藤川のことだ」


何も様子が分からない。ただ近くで声がする。握った手がじわりと汗ばんでいた。壁の向こうから、じり、と誰かの靴が地面を踏みしめる音がした。


「あのルールって、要するに仁王と藤川に対する牽制だろ」

「そうだけど。それで?」

「本当はレギュラーが納得すりゃそれでもいいと思ってんだ、俺は。でも丸井も、結局ため込んだまま何にも言わねえし、ふざけんなっつうの」

「それで?」


幸村くんは淡々と話の先を促す、その声の冷たさと色のなさに由紀は心臓をつかまれたような気になった。冷たい。冷静というよりも。

――幸村くん、あんな声、出すんだ。

由紀は軽くショックを受けた。自分に対してはただ優しかった、優しくて責任感が強くて、どうやってテニス部をひっぱっていこうかと悩んでいた彼が、こんな態度を取るなんて。これは、どういうこと?それだけ心境に変化があったということ?


「藤川のこと、どうするつもりだよ。何がしてえんだよ幸村は」

「言っただろ。『私情を挟むな』。それだけだ」

「それは建前の話だろ!私情を挟まない、ってつまりどうしろって言いたいんだ、って聞いてんだよ。フられて落ち込むことも許さねえのかよ!」


怒気をはらんだ熱い声と、何の感情も併せ持たないかのような冷たい声。二人の温度差が、コトの深刻さを物語る。


「ああ、許さない。練習の邪魔になるものは何であろうとも許せない」

「じゃあ、それができなかったらどうするっつうんだ。感情なんてやろうと思ってコントロールできたら苦労しねえよ!藤川を、テニス部から追い出すつもりかよ!」

「度合いにもよるけどね。今のまま彼女が変わらなかったら、結果的にはそうなるね」


胃の奥が、ひやりとした。


「なっ……、ふざけんな幸村!」

「俺は本気だよ」

「っ、結局はお前らは自分が大切なだけなんじゃねえか!藤川は俺たちの仲間だってのに、それなのに、なんで簡単に藤川のこと切り捨てるようなことが言えんだよお前!藤川に恨みでもあんのかよ!あんなに世話になってんのに、何にも思わねえのかよ!部長だからって勝手なこと言ってんじゃねえよ!藤川は――」

「いいかげんにしろ!」


静かだった幸村くんが、突然怒鳴った。
周囲が、静まり帰ったような気がした。


「自分を大切にして、何が悪い。練習を大切にして何が悪い。スポーツは、結果が全てだ。頑張って練習してました、でも部内でちょっと感情的な問題が起きてしまいました、だから他校に負けてしまいました?そんないい訳が通用すると思っているのか」

「……いや」

「俺たちは常勝であるべきだ。それが俺たちの伝統だろう。それを簡単に、俺たちの代で終わらせるわけにはいかない」


平部員の男の子は、何も言わなくなった。
しばらくの静寂ののち、怒鳴って悪かった、と一言残して、幸村くんの足音が遠ざかっていった。

(20110206)

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