アフターハーレム | ナノ
嵐は突然やってきた。それも、上から。
ある日、幸村くんは突然、いやにはっきりとした口調で『新しいルール』を宣言した。
「『私情を持ち込むことなかれ』。これだけだ」
何を言い出すんだ、と俺はぽかんとした。
それから、頭が回り出す。私情を持ち込むことなかれ?今のタイミングでこんなことを言うってことは、つまり。私情って、どう考えても仁王と優香のことじゃねえか。仁王が優香を振ってから1ヶ月が経ったが、噂もどうにもおさまらねえし、その影響で部内もちょっとぎくしゃくしてる。
俺はとっさに幸村くんにくってかかった。
「それ、どういう意味だよ」
「どういう意味って、何を聞きたいんだい、丸井」
どういう意味って、部員を責めてんのかよって意味だ。仁王と優香を責めてんのかよ。こんなときにそんなこと言うなんて、名指しはしてないけど、暗に仁王と優香のこと責めてるようなもんじゃねえかよ。
でもそれをはっきり言ったら、今度は俺があいつらをみんなの前で名指しすることになっちまう。俺は一瞬詰まった。
「おい、ちょっと落ち着けブン太」
収まりがつかずにふたたび幸村くんにくってかかると、ジャッカルに肩をつかんで止められた。ちらっと優香のことを見るが、困惑しているだけで、何の反応もない。ということは、優香はまだ気が付いてねえのか。よかった。
柳がノートをぱらりとめくった。
「最近はデータ上でも練習の質の低下、特に集中力の低下はゆゆしきほど明確に表れている。このままでは我々が全国二連覇を達成する可能性はかなり低下するだろう」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。確かに、そのとおりかもしれない。見ないふりをしていたが、確かに最近はあんまり集中できてねえ。それに、別にダブルスパートナーってわけでもないけど、仁王とはなんとなく話しにくくなっちまって、最近は全然話してねえ。
でも、こんなんアリかよ。優香は、仁王はこれでいいのかよ。優香はまだ分かってねえだろうからともかく、仁王は。
「……仁王は、それでいいのかよ」
押し殺したような声が出た。なぜかくやしさがこみ上げてきて、俺は歯を食いしばった。
「俺か?俺は別にいいぜよ。反対する理由もなか」
仁王はなんて事もなく言ってのける。俺は黙るしかなかった。
仁王はもう優香のことは、心の中でけりをつけたんだろう。それなら、俺からは何も言えねえ。でも、じゃあ、優香はどうなる。いつまでも分からないってことはねえだろ。幸村くんの真意に気がついてしまったとき、優香はどうなるんだ。
「丸井、それでいいな?」
結局俺は何もできず、歯を食いしばったまま肯定するしかなかった。
その後は普通に練習開始の号令があって、部活が始まった。俺はいつものメニューをこなしながら、頭の片隅で考える。いつの間にか、テニス部がおかしくなっていた。仁王や柳生など優香とほとんど話さないやつ、それから俺らみたいに優香が大好きなやつ、そして三強。前まではばらばらな場所にいても確かに仲間だという強い一体感があったのに、いつの間にかそれがなくなりかけている。
俺は、ショックだった。
どうなってんだよ。どうしてこんなことになってんだよ。
幸村くんは別に横暴で独りよがりな部長じゃない、信頼できる。この状況をどうにかしようとして突然あんな宣言したんだろ。その内容だって、きっと真田や柳とずっと話し合って決めたんだろ。だったら、きっと正しい決断なんだろ。その判断にしたがえば、まず問題は解決するんだろう。
でも、優香のことも何もかも見ないふりして、黙って従っていれば、それでいいのかよ。
なんだかもやもやっとしたものが心に溜まって、イライラしてきた。
「……おい、ブン太、おい!」
帰りに黙って歩いていると、ジャッカルが話しかけてきていたらしい。ジャッカルはため息をついた。
「なんだよ」
「そんなにボーっとしてると怪我すんぜ」
「うるせー」
新しいルールの話が出たときからずっと心に溜まっていたものが、心の中でぶくぶく増殖して、ついに俺は耐えられなくなった。
「うるせーよ、ジャッカル。お前はいいのかよ、これで」
「って八つ当たりすんな。いきなり何の話だよ」
「あのルールと優香のことに決まってんだろ」
ジャッカルは眉をハの字にして、つるつるの頭をなでた。ジャッカルのくせに、生意気なんだよ。
「そりゃあ、俺だって優香が心配だけど、」
「だったら何で俺のこと止めたんだよ」
完全に八つ当たりだった。それも、いつもよりもずっと本気の。分かっているのに止められない。テニス部はいつの間にか雰囲気悪くなってるし、それなのに俺には何にもできねえし、もうぐちゃぐちゃだった。
「優香のこと、責められんのかよ、あんなにいっつも俺らのために頑張ってくれてたのに、俺らは確かに世話になってんのに、問題になったらはかりにかけて大切な方だけ残して、後はポイかよ!」
「おい、落ち着けよ、幸村は別に優香を追い出そうとしてるわけじゃねえよ」
「でもこのままだったら実質そういうことになっちまうじゃねえか!」
「落ち着けって言ってんだろ!!」
ジャッカルがどなる。勝手にどなっておきながら、ジャッカルは自分自身に困惑したようだった。珍しく声を荒げたジャッカルに、俺の高ぶった気持ちは一気に冷却された。
何やってんだ、俺。
「悪ぃ、ジャッカル」
「いや、」
ジャッカルは深呼吸をして、もう一回つるりと頭をなでた。
「優香が自分で決めることだろ。自分が変わってたくましくなるか、それとも……部活をやめるか」
頭では納得できたけど、俺のやり場のない気持ちはどうにもならなかった。
やっぱり俺は、何にもできねえ。
(20110321)
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