アフターハーレム | ナノ
淡い恋心を抱いてから半年、俺は告白する前に振られた。
1年の全国大会が終わったある日、朝練に行ったら、嬉しそうな顔をした優香に「雅治と付き合うことになったの!」と言われた。俺はそのときに初めて、ああ、俺、優香のこと好きだったんじゃんと気がついた。適当な祝いの言葉をなんとか述べたけど、その日は一日中自分が何かおかしくて、真田に何度も「たるんどる!」と怒鳴られた。しかし一向に鉄拳制裁を受けなかったあたり、今から思えば真田もどこかおかしかったんだろう。そういえば、俺と同じくぼんやりしている部員は結構いた気がする。

それくらい、優香が仁王と付き合い始めたことは、衝撃的だった。

仁王め、抜け駆けなんてずるいぜぃ。
いっくら俺みたいな天才でも、こればっかりはどうしようもねえ。その後、俺はジャッカルに八つ当たりをしてファミレスで夕飯をおごらせて、やけ食いした。いつもは文句と愚痴をいいまくるジャッカルも、今回は優しく……なったりするわけはなく、いつも通りに文句と愚痴のオンパレードではあったが、普段よりは少なかった気はする。

これから部活に行くたびに仁王と優香がぴったりくっついて二人だけの世界に突入だなんて、やってらんねえ。

そう思ったが、優香はさすが俺が惚れた女だった。優香は仁王をひいきしたりすることは一切なかった。相変わらずみんなと一緒にふざけて、抱きついてきたりしたし、一緒に帰ろうとも言ってくれた。

それが、俺には嬉しかった。


***


2年生になって約1ヶ月。ようやく新しい教室にも慣れてきた。
どこかでウグイスが鳴いている。あ、うぐいす餅食いてえ。もうちょっとで5月だな。和菓子の春。窓の外を見ると、学校の桜もすっかり散ってしまった。なんだか、桜餅も食いたくなってきたぜぃ。想像するだけでよだれが出てきた。あー早弁でもすっかな。まだ1時間目も始まってないけど。朝練あると腹減るんだよな。一日4食でも物足りねえ。

上履きのかかとを踏みつぶしてタラタラ廊下を歩いていると、後ろから誰かが走ってきて、すごい勢いで俺を抜かしていった。あっという間に目の前から消える。


「優香……?」


髪を乱して、周りの目も気にせず走っていく優香にただならぬものを覚えて、俺は上履きを履き直すと慌てて優香を追いかけた。


「優香!おい、どうしたんだよ」


優香が向かったのは校舎の端にある階段の裏だった。追いついて、肩に手をかけて軽くゆする。ぽたり、ぽたり。うつむいた優香の顔から床に涙がこぼれ落ちる。優香は顔を上げない。俺の耳に響いた彼女の第一声は、かすれて、震えていた。


「雅治が……別れよう、って」

「はあ!?」


俺は言葉をなくした。優香は顔に手を当てて、しゃくりあげはじめる。あまりにも突然のことに、俺は思わず優香を抱きしめた。震える彼女の髪から、肩から、手から、体中からやるせない悲しみがあふれていた。







結局、仁王が何を思って優香を振ったのかは分からなかった。優香本人にも分からないんじゃあ、どうしようもねえ。仁王に問い詰めようかとも思ったが、俺がそうするのも何かおかしい気がした。
優香は赤く目を腫らしたまま、黙っていつも通りにマネの仕事をしている。仁王はいつものポーカーフェイスで、普段通りに見えた。一見すりゃ、仁王が優香をもてあそんだみたいにも見えるが、仁王はそんなやつじゃねえ。それに、たとえ仁王が一方的に悪かったんだとしても、俺が仁王を責める資格なんてない。仁王を選んだのは優香本人なんだから。

休憩時間に、最初の大きな変化は訪れた。仁王のドリンクとタオルを、いつもの優香じゃなくて、心配そうな顔をしている夏美がさっと渡した。優香は仁王と目を合わせないようにしているみてえだ。


「優香」

「ブンちゃん、はい、これ」


優香はにっこり笑って、俺にドリンクとタオルを手渡してくれた。
無理、してんじゃねえよ。ぎこちない微笑みが痛々しい。でも、優香が雰囲気を悪くするまいと必死で頑張ってんのに、俺がぶちこわすわけにもいかない。


「おっ、さんきゅ。そうだ、昨日な――」


いつものように楽しい話題を振る。気がつかないふり、いつも通りに振る舞うしかない。でも、今は側に居てやりてえ。何も言ってやれねえんだから、せめてこれだけは。


「藤川、俺にもくれ」

「はい、これジャッカルの分」

「おい、ジャッカルのくせに割り込むなんて生意気だぜぃ」

「なっ、横暴だぞブン太!」


ジャッカルをいじるといつもの返事が返ってきたが、あいつは何かいいたそうな顔をして俺にちらりと視線を投げかけてきた。ジャッカルも、俺と一緒なのか。
ジャッカルはいじりやすい、そして俺におごってくれる。というか無理矢理おごらせられる。なんとなくウマが合って、なんとなくノリで今まで一緒にいたが、結構やさしいやつなんだな。ジャッカルのくせに俺と同じことをするなんて、生意気なやつ。


「な、丸井先輩っ、優香先輩を一人占めなんてずるいッスよ!」


赤也が走ってきて優香に抱きついた。優香は一瞬だけ泣きそうな顔をして、でも嬉しそうに赤也を抱きしめる。ちくしょう。俺だってやれるならいつも抱きつきてえよ。優香から来てくれることもあるけど、それは真田にだってやってることだ。年下特権とかずるすぎるぜ、赤也め。


「赤也、今日は俺とボレー対決な。俺の天才的妙技でつぶしてやるぜ」

「ちょっ、何でボレー限定なんスか!?」

「俺が今決めたからに決まってるだろぃ」

「そんな!横暴すぎるッス!普通に対戦しましょーよ!!」

「ああいいぜ、受けて立つ。ジャッカルが」

「俺かよ!」


赤也は本当に状況をよく飲み込めていないのか、全くの自然体だった。
ふふふ、と優香が笑う。少しだけ、自然な笑顔になった。そんな「普通の雰囲気」を肌で感じ取って、俺はちょっとだけ安心した。

(20110318)

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