アフターハーレム | ナノ
おとぎ話に子供たちは息をつく。

『仲むつまじく末永く幸せに暮らしましたとさ』。

この安定感に、安心感と大きな憧れを抱くのだ。


でも私たちは、奇麗でやさしい物語の登場人物じゃない。
ずっと待ってはいられない。ずっと同じではいられない。

そんなことは、とっくに知っていた。だっていつも、必死で生きているんだから。
ただ仲良くし続けるだけでも、これほどにも難しい。

たとえ、彼女が良い子であっても。

たとえ、彼らが努力をしても。









ある女子中学生とその考察




目の前で友人が、得意げにフフンと笑った。


「どーよ由紀、この分析。ねえねえ、あってるでしょ?」

「うん、びっくりした。おおかた私も正しいと思うよ、キコ。『占い』とかもあるけど、それも恋バナの副産物みたいなもんだよね」


最近、キコがやたらと周囲の話に聞き耳を立てているなあと思ったら、「中学生の女の子が好きな話題」を分析していたらしい。普段ぽやっとしている彼女が突然何を思ったのかは分からないが、それは興味深い内容だった。
分析によると、一番多いのが恋バナ、次がファッションやおしゃれの話と噂話、三番目が好きなアイドルとか俳優さんの話だという。うむ。「元大学生」の私から見ても、それであっていると思う。
ああ、でも。これは中学生だけじゃなくて、大学生でも同じか。趣味の話をしたり、バイトの愚痴をこぼしたりもするけれど、基本はあんまり変わらないんじゃないだろうか。


「女の子はみんな、恋バナ好きだもんね」

「だよねー。でも、ナニその言い方。由紀は興味ないみたいじゃん」

「いや、そんなことはないけど」


キコの言葉に、由紀は苦笑した。……そう、興味がないわけじゃない。

口ごもっているとタイミング良く、きゃあああっ、という黄色い悲鳴がわきおこった。きっと、彼らだ。
廊下を確認すると予想通り、2年の男子テニス部員数名と、その中の紅一点、学年トップの可愛さを誇る藤川さんが歩いていった。しっぽのついた白い髪と赤い髪、それと黒い肌。今年レギュラー入りすると噂の仁王くん、丸井くん、桑原くんだろう。
野球部員も人気があるけれど、野球部員は丸坊主にしちゃうからなあ。テニス部の方が、髪型自由・色とりどりでおしゃれだ。好みの違いはあるだろうけれど、丸坊主よりもしゃれた髪の男の子の方がモテる。

ここに来た当初は、テニス部員と藤川さんが連れだって歩く様が珍しくて、同時に由紀を悩ませる原因でもあって、それでも目が離せなかった。彼らのその存在に羨望と歓喜を覚え、同時に心が痛かった。どういうことなんだろう。彼らの存在を「知っている」のは、漫画で読んだからだ。でも現実では、私は彼らの同級生だ。だったら、そんな漫画なんて存在するはずがない。それに、彼らのことは「知っている」けれど、藤川さんのことは知らないし、来年のテニス部レギュラー以外の交友関係も知らない。


もう、あれからだいぶ時間が経った。その光景は私にとっても当たり前になって、最近では視線を向けることさえ少なくなった。相変わらず彼らに尊敬の念を抱いてはいたけれど、心が痛むことはあまりない。
話を戻そうとキコを見ると、彼女もまた彼らをじっと見つめていた。一言も言葉を発することなく。
その横顔に由紀は首をかしげた。この子、こんな表情するっけ。食い入るように、というには冷静に、何か言いたいことが喉に引っかかっているけれど吐き出すことをためらっているような。嫉妬をしているわけでも批判をしたいわけでもないけれど、喜ばしくは思っていないような。何かを、考えている。

教室の前を彼らが通りすぎてから、ぽつんとキコが言った。


「男子から見て藤川さんって、恋愛対象なのかなあ。それともアイドルなのかなあ」

「うーん。どっちも、かな?でも少なくとも仁王くんにとっては恋愛対象でしょ、付き合ってるんだし」

「もう半年くらいだっけ?けっこう持つよねー、仁王くんってチャラ男っぽいからすぐ別れると思ってたのに」

「キコ……あんた正直だね……」

「じゃあさ、藤川さんから見たテニス部員は?」


返答に困ってキコを見ると、彼女は真剣な顔をしていた。


「まあ、仁王くんが彼氏なわけだから……彼氏の友達、兼、自分の友達って感じじゃないの?彼氏の仲間をアイドル視ってのも変な気もするし。分かんないけど」


そっか、というとキコは何かを思案したまま、いつものぽやっとした表情に戻った。
なんで彼女はこんなことを言い出したのだろう。後から思えば、この時、彼女はすでに何かに気がついていたのだろう。でも、この時、私はまだ何にも気がつかなかった。

ひらひらと2、3枚、桜の花びらが窓から入ってくる。重力を感じさせない軽さで、ふわりふわりと床に舞い落ちる。
桜ももう長くはもたないだろう。
あれは1年前のことだった


***


深い深い闇の底から、徐々に私の意識は覚醒していった。
まだ霞がかった夢の中にいるようで、もう一人の自分になって自分を見つめているような、そんな気分だ。現実感がない。

朝起きると、お母さんはニコニコして奇麗に身なりを整えていた。朝食を食べ終えると、私もしまっておいた制服に袖を通し、支度をする。

お母さんと一緒に向かった先には、「立海大附属中学校入学式」と書かれた看板と、それを彩る花飾り。スーツやワンピースを着た保護者と、着崩れていない制服をきた男の子と女の子が大勢、吸い込まれるように校舎へ向かっている。

クラスを確かめて教室に入る。私は隣の席の女の子と軽く自己紹介をしてちょっとおしゃべりをする。

途中で入ってきた先生の指示に従って整列し、体育館に向かって入学式をむかえる。





あれ、私、なんでこんなところにいるんだろう





校長先生が、人の良い笑みを浮かべながら、祝辞を述べている。


「今日から、中学生としての自覚を持って――」





違う……大学の……履修登録をしないと……





「環境の整ったこの立海大附属中学校で心身ともに――」





中学生……?いや、それよりも……





頭のどこか遠くで、自己を確かめる声がする。私の内心とは裏腹に、中学生の私は勝手にまじめな顔をして背を伸ばし、手をひざの上に載せて先生の話に耳を傾ける。

自分の体が、もどかしい。


式を終えて教室に戻ると、さっきの女の子が声をかけてきた。


「――でね、男子テニス部がすっごくかっこいいんだよ!しかも強くて、今年こそは全国で優勝できるかもって――」


私の体はにこにこして、勝手に彼女と話をする。





立海で、テニス部で、全国レベル?


まさか、

それじゃあ、

まるで





「さっきね、かっこいい男の子二人も見つけちゃった!名札見たらね、幸村くんと柳くんっていうみたい。特にね、幸村くんの方は顔が女の子みたいに綺麗で――」





ああ


これは もしかしなくても。



(20101111)

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