アフターハーレム | ナノ
同性であろうと異性であろうと、年上であろうと年下であろうと、俺はなかなか人に心が開けん。人見知りというわけではないが、相手の本性を見極めてからでないと自分自身が安心できん。だから心から相手を認められるようになるまでには、いつだって1年程度はかかってしまう。面倒な性格かもしれんが、おかげでヤケドをすることも少ない。これは俺の性分みたいなもんじゃ。

だが、藤川優香にはなぜか、あっさりと心を奪われた。いや、なぜかなんて分かり切っている。優香は、裏表もない、まっすぐな子じゃ。だから俺は惹かれた。
始めは、男子テニス部にやってきて「マネージャーやりたいんです」なんて優香が部長に食いついとったん見たときは、なんじゃまたミーハー女かい、どうせ強豪運動部のマネっていうステータスが欲しいんじゃろ、と思っていた。その思いは、仮マネージャーとして優香が働いたたったの2週間で、あっさりと覆された。

優香はまっすぐで一生懸命で、約束も破らん、この俺でもすぐに認められるくらいええやつじゃった。そして、それから俺が優香に恋心を抱くまでは、そう遠くなかった。


***


見とうない、見とうはない。でも、その感情は日に日に、じわじわと俺を蝕んでゆく。もう、やめてくれ。俺は、そんなつもりはないんじゃ。本当は、テニスをやって、優香と一緒にいられれば、それで良かったのに。

今日も俺は見ないふりをして、優香に抱きつく。


「ゆーか、今日も一緒に帰るぜよ」

「うん。雅治、大好き!」


優香はそれは嬉しそうに笑って振り向いた。そんな優香を、そっと抱きしめる。華奢でいながら働き者の、自分よりずっと柔らかい女子の体。後ろから肩に顔をうずめると、汗をかいているはずなのにいい香りがした。


「ちょっと、雅治、くすぐったいよっ」


優香はくすくす笑う。俺は思わずにやついて、顔を上げた。心が歓喜で熱くなる。


「なーんだぁお二人さん、コートでいちゃついてんなよ。なあ、ジャッカル」

「俺に振るなっ!」


ジャッカルと丸井がからかってきた。まったく、ペテン師の名折れじゃ。こんなとろけっぷりなら何を言われても仕方ない。
俺は再び、ぎゅっと優香を抱きしめた。


「雅治、もう、はずかしいよっ」


優香は身をよじるが、俺は離さなかった。こいつは、俺のもんじゃ。



「あ、みんな!今日も一緒に帰ろうよ!」



その言葉を聞いたとたん、すっと心の底が冷えるのを感じた。


また、じゃ。


いや、いかん、このままでは、いかん。

必死で表情を取り繕う。いつものように、柔らかく。絶対に、優香にはこんな感情は知られたくない。優香が優しくする他の部員に嫉妬しているなんざ。独占欲なのか不満なのか、先ほどまで熱かった心が、コンクリートのように無機質な冷たさを帯びていく。

前に一度「二人っきりで帰りたい」とだだをこねたことがあった。そんな俺に、優香はあっさりと「部活の帰りくらい仲良くしなきゃ。休みの日には二人っきりでいられるんだから」なんて言う。

優香は俺の彼女だが、部活中に俺をひいきしたりはせん。あくまでも皆平等に、扱う。そんな優香の気持ちを知っていたから、俺はもう何も言えなくなってしもうた。部活に私情は持ち込んだらいかん、彼氏だからといってひいきしたりしていたら部内が乱れる、という優香の心意気を、どうして支えられとる自分の立場から壊せるだろうか。


信念を持ってマネージャーをする優香。
間違いなく優香に惹かれとる、丸井を始めとする部員たち。
そんなあいつらに勝手に嫉妬して、くだらない独占欲を持て余す俺。


それでも良かった。俺がくだらん気持ちを我慢すれば、ぜんぶ上手く行くことじゃ。

小さな不安は常にあった。優香、優香、優香。おまんは、これからも俺を好いとくれるんだろうか。いっくら他の男に言い寄られても、なびかんと言えるんじゃろうか。だが不安は、俺が優香のことを大好きだという証拠だろう。だから、それはかまわなかった。



だが、いつのころだろう。不安とは違う、だんだんと焦りが生まれて、絶え間ない小さな焦りは俺の心に細かな傷をたくさんつけ、最初は無視していられたそれが、徐々に痛みを持つようになってきた。

このままじゃいかん。何がいかんのか、優香は悪うない。だが、俺にはこのままでは耐えられん。このままでは、俺は駄目になる。

「焦り」が姿を現し始めたのは、優香つきあい初めてから2ヶ月、1年秋の新人戦で強敵と戦ってからだった。その時はまだ見ないふりをできた焦りの片鱗は、切原赤也が入部してきてから、もう目を反らせんほど大きくなった。そう、赤也が三強にテニスで喧嘩を売ったのを見てから。



このままなら、俺は、テニスにも優香にも集中仕切れん。誰にでも優しくする優香。それは悪うない。じゃが、独占欲の強い俺には耐えられん。丸井やジャッカルのことは好きじゃ、それなのに、嫌な気持ちを持ってしまう。こんなのは、俺には耐えられん。
俺は、テニスにもっと集中したい。

俺は器用だとよく言われるし、自分でもそうだと思っちょった。だが、この体たらくだ。もっと、割り切れる性格だったら。恋のことと、テニスのことを上手く切り離せる男だったら。もし優香が別の部活だったら、それも可能だったかもしれん。だが、立海のテニス部にいる限り、俺は恋の悩みとテニスを切り離すことができん。どんなに目をそらしても、テニスをしようとすれば優香が目に入り、醜い気持ちがわいてくる。心が乱される。

もう俺には、限界じゃった。


「優香、別れよう」

「え……冗談……だよね?」


あの日の朝、優香はそのきれいな目をこぼれんばかりに見開いた。


「なんで、どうして……?」

「優香は悪うない、悪いのは俺じゃ」

「それじゃ分からないよ!私に駄目なところがあるなら直すから、」

「優香は悪うない」


呆然としていた優香の目がじわりと潤んだ。


「テニスに集中しとうなった。ただ、それだけじゃ」


全てを優香に話したくはなかった。きっと優香はすごく傷つく。それに、話したところでどうにもならないことだ。ただの、価値観や生き方の違いから生じたことなのだから。
全てを打ち明けるわけにはいかない、だから、ありったけの真心を込めて。


「すまん」


優香はくるりときびすを返して、走っていった。自分の手からこぼれたもの。あれだけ大事に思っていたのに、俺には無理だった。

良い子だからこそ、疲れるんじゃ。

優香の後ろ姿を見送って、俺はそっと目を閉じた。

(20101216)

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