アフターハーレム | ナノ
二つのテーマをぶつけ合い、両方の利点をあわせてよりよい結果を導き出すことをアウフヘーベンという。
一人でいろいろ考えているとどうしても煮詰まってきて、アウフヘーベンするのは難しい。

だからこそ、困ったときは誰かと話をすると良い。

できれば、自分とは異なる視野を持つ人と。







5月初旬のアウフヘーベン




「む、見たことがある顔だな。確か美術部の……」

「長崎由紀です。よろしく、真田くん」


真田くんは柳生くんと全く同じ反応をした。3週間ほど男子テニス部のそばにいるというのに、この程度しか認識されていないのは少し寂しい。自分が一方的に彼らを知っているから、なおさら。過剰に目立ってないという意味では、成功しているけれど。

その週の日曜日、由紀が駅前に着くと、すでに幸村くんと柳くん、そして真田くんが待っていた。真田くんは、由紀のことをまじまじと見つめてくる。目をそらすのも失礼な気がして、由紀は彼に正面から挑んだ。

真正面で見つめ合うなんてお見合いみたいだね、と幸村くんに突っ込まれて、真田くんは慌てふためいた。その様子が可笑しくて、由紀はぷっと吹き出す。テニスをしている時とは全然違って、普通の中学生だ。


「直接話すのは久しぶりだね、長崎さん。元気そうで良かった」

「うん、ありがと。ちょっと忙しかったんだけどね」

「どういうことだ?幸村の友人なのか?」


真田くんに問いかけられて、由紀は曖昧にうなずいた。友達だって言い切っちゃっていいのかな。確かに仲は良くなったと思うけど、でも迷惑じゃなかろうか。
幸村くんはそんな由紀を横目で見ていたが、ちょっと苦笑して、真田くんに説明をする。


「実はね、絵を描くついでに、俺たちのことを観察してもらっていたんだ」

「なんだと?長崎、お前は何者なんだ?」

「そんなたいそうなものじゃないよ。ただの美術部員で、ただの部外者です」

「異なる視点で見てもらえば何かが分かるかもしれないと思って、俺と精市が頼んだんだ。とりあえず移動することにしよう」


三強と一緒にファミレスに向かうとは。周りからはどう見えるんだろう。少なくとも私は、場違い感ありありというか、違和感でいっぱいだ。あの三強の中に私が混じっているっていうことが。


***


4人は隅っこのボックス席を陣取った。それぞれドリンクを頼んで落ち着いたところで、柳くんがさて、と話を切り出した。


「長崎、この数週間で俺たちはどう見えた?」

「うーん、普通に見えた。練習風景は圧巻だったし、休憩中も仲良さそうだったし、普通の強い運動部って感じ。……最近までは」

「む、それは、仁王と藤川のことか?」

「うん。あのころから、なんか、男子テニス部のぎこちない雰囲気が伝わってきてさ」

「なるほど、長崎にも分かってしまうほどなのか。確かに言う通りだ。あれから、部内の人間関係がおかしい。特に仁王と藤川は全く会話をしていない。仁王と丸井もだ」

「何だと?仁王と丸井?」

「丸井やジャッカルはずっと藤川のそばにいる。仁王は藤川に近寄らない。だからだろう」

「……たるんどるな」

「本当だよ。こんなことで、つまずいている場合じゃないのに。選手同士、特にレギュラー同士でこんな、」


単なるマネと選手の確執ならまだましだった。その影響が、選手同士にまで響いているのが問題なのだ。レギュラー同士であればなおさら、連帯感が大切になる。
幸村くんはテーブルの上に置いた拳をぎゅっと握った。彼は悔しそうな表情をしている。いつも暖かな雰囲気をまとっている幸村くんだけど、テニス部の問題について考えているときは、いつも焦っているように見える。
こういう時には、部外者の由紀には何もできない。それでも、気になった。口ではなんとでも言えるけれど、それでも慰めておきたかった。


「幸村くん、夏の大会まではまだ時間があるし、あまり焦っても、」

「焦る……?」


由紀の言葉に、幸村くんははっとした顔をして、似たような反応をしている柳くんと顔を見合わせた。柳くんはノートのどこかをぱらりと開いて、おもむろに口を開いた。


「焦り、か。確かにそうかもしれん」

「どういうことだ、蓮二」

「新人戦が終わった後ごろから俺が感じたのは、おそらく焦りだ」

「そうだ、俺も、そうなのかもしれない」


柳くんの肯定を受けて、幸村くんは思い出すようにして、せきを切ったように話し始めた。


「新人戦が終わった後から、ずっと。俺は自分の力に自信を持っていたし、今でもそうだ。でも、手塚や跡部、他校にも強いやつはいる。それで、もっと真剣になりたい、もっと全力で練習をしなきゃ、って思うようになったんだ。このままじゃダメだって」


真田くんは、何、とつぶやいて、混乱しているような表情を浮かべた。


「だが、少なくとも最近までは練習には問題はなかったはずだ。俺たちは最良の方法で集中して自らを鍛えていたはずだ。だったらなぜ焦る必要があるのだ」

「そうだな。そこが謎であり、問題だ」


柳くんはノートから目をあげて、窓の外を見た。
このままじゃダメだ、と焦る?由紀は柳生くんの言葉を思い出した。

(仁王くんはけじめをつけたのでしょう。テニスに集中するために)

仁王くんの「けじめ」と、私が想定している「嫉妬」の存在、そして幸村くんと柳くんの「焦り」。この三つはどう関係するのだろうか。ただ偶然、同時期に起きただけの別個の感情なのだろうか?
仁王くんは「けじめ」をつけて、テニスのために藤川さんを振った。柳生くんは「嫉妬」を生まないために、彼女から遠ざかっていた。そして幸村くんと柳くんはテニス部について「焦り」を覚え、それはマネージャーにもからんでいるかもしれないと言う。この三つはどうつながるんだろう。答えが分かれば、今起きているすべての問題が理解できる気がした。


4人で頭を寄せて考え込んでいるうちに、いつの間にか、時計は12時を回っていた。4人はメニューを回して適当にランチを頼む。柳くんは、ほう、長崎はパスタを選択するのか、と言ってなにやらノートに書き込んでいる。そんな情報、どうするというんだ。


この前病院で柳生くんが言っていたことを、この三強にぶつけてみようか。彼らなら、柳生くんの真意を理解できるかもしれない。由紀は言葉を選んだ。幸村くんと柳くんは、少なくとも強くなりたいと、もっと練習をしようと焦っていたのだ。そして、それは藤川さんにも関係する。だったら、もしかしたら、仁王くんと同じように、この二人の「焦り」にも「嫉妬」が絡んでいるのだろうか?


「ねえ、三人とも、藤川さんのこと、好き?友達として、っていう意味じゃなくて」


三人は、顔を見合わせた。沈黙が落ちる。
それを最初にやぶったのは、真田くんだった。


「正直、俺にはよく分からん。だが、好ましくは思っている」

「俺も、少なからず好感は抱いていた。あそこまで良い女子もそうそういないだろう」

「確かに……俺も、好きだった。前までは、ね」

「じゃあ、今、丸井くんとか桑原くんとかも、彼女に好意を抱いていると思う?」


再び沈黙が訪れる。料理が次々と運ばれてきたが、誰も手をつけようとはしなかった。
柳くんはわずかに目を開いて、由紀の方を見る。


「長崎は、仁王が藤川について、俺たち他の部員に対して嫉妬していた、と考えているのか?」


由紀は首肯した。そしてできるだけ端的に、仁王くんの「冷たい目」と柳生くんから聞いた「けじめ」の話をした。


「そうか、長崎は柳生とも話をしたのか。これはデータの予想外だ。それにしても、それと俺たちの『焦り』にはどういう関係があるのだろうか」

「分からない。もしかしたら全然関係ないのかもしれないんだけど」

「……どうやら、俺たちにはまた少し考える時間が必要みたいだね」


首を横に振って、幸村くんは焼き魚定食を食べ始めた。それにつられて他の3人も食べ始める。
しばらく食事をする音だけがしていたが、ふと気になって、由紀は手を止めた。


「ねえ、今のテニス部、内部からはどう見えるの?」

「不調だな、まったくたるんどる話だが。練習はうまくいっている。そう思っていたが……、ここ数日で急速に悪化した。俺自身、今全力で練習に集中できているという気がせん」


由紀は眉を寄せた。気がつかなかったが、意外と練習は乱れていたらしい。


「データでも、最近は明確に表れてきている。去年の同時期よりも、5〜10%ほど集中力の低下が見られる。もちろん、俺たちも含めてだ」

「人間関係のぎこちなさが、練習にも表れてきているようなんだよね。内部の人間にしか気がつかないことなのかもしれないけれど。本当に、このままではまずい。今日はどうしようもないにしても」


幸村くんは大きくひとつ、ため息をついた。由紀は、待つしかないでしょう、といった柳生くんを思い出した。確かにそうだ。人間関係の問題は、ある程度は時間が解決してくれる。風化というやり方で。でもこの三人には他の部員よりももっと重い責任、部員たちを良い方向へひっぱっていく責任がある。だから、あまり悠長なことは言っていられないのだろう。ただ見ているだけではいられないのだ。


「ところで、一つ聞いてもいいか」


柳くんは食事をする手を止めて、ノートを開いた。柳くんは顔をこちらに向けて、鉛筆を構える。


「精市と長崎。お前たちはどういう関係なんだ。よく一緒に帰っているようだが付き合っているのか」


由紀は幸村くんと顔を見合わせた。事情を飲み込めない真田くんは一人、柳くんの隣できょとんとしていた。

(20101210)

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