se_チェス用語で氷帝 | ナノ
悪いことを、悪意を持ってする人と、悪気なくする人。
さてこんな人がいたとき、より悪いのはどちらの方か。

そりゃあもちろん、悪気がない人は悪いことやっているって分かってないんだから、悪意がある人の方がまずいよ!……と思ったアナタ。ちょっと待ってほしい。
悪意のある人は、悪いことをしている自覚がある分、周囲は対処しやすいんじゃないか。悪気のない人は、自覚がない分、周囲は対処しにくいんじゃないか。いい歳をして、悪いことを悪いと理解さえしていないというのは、よりまずいんじゃなかろうか。

悪気のない人に怒ったり、注意したりするのは心が痛む。だから、悪意のない方がタチが悪い。
まあ悪事といえるほどかどうかはともかく、「悪気なくやった」「特に意図無くやった」というのは、かなりやっかいなのだ。







ツークツワンク




隣を、男の子と女の子が笑いながら過ぎていった。ふと振り返って、二人の背中を見る。女の子は声を立てて笑い、ふざけて男の子の腕につかまった。チェックのプリーツスカートの裾がふわっとひるがえる。男の子は鞄を無造作に肩にかけ、歩きながら女の子の頭をぽんぽんとなでた。二人は廊下の角を曲がり、目の前から姿を消した。

それを見て、礼は首をかしげた。こんな歌、あったな。初恋、みたいな感じの甘酸っぱい曲。ふわふわした、かわいい感じ曲。
これだっけ?いや、違うなあ。こっちだっけ?

礼はメロディラインをつぶやきながら教室に入って、机をあさる。中には、ペンケースと英語の教科書。あった。帰る前に忘れ物に気がついてよかった。

あ、そうそう、この曲だ。思い出した。

礼は忘れ物を鞄におさめながら、ふんふんと歌を歌い出した。小声で歌っているうちに、だんだんともっと歌いたくなってきてしまった。カラオケに行こうかなあ。日ごろ出せない大きな声で思いっきり歌うのは、気持ちのいいものだ。音楽の時間の合唱もいいけれど、合唱は調和が大事だから、自分勝手な歌い方はできない。


「山本さんて、誰かのこと好きなの?」

「ぎゃあっ!」

「ご、ごめん。驚かせるつもりじゃ」


一人気持ちよく歌っていたら背後から声を掛けられて、礼は叫んだ。誰もいないと思ったのに、は、恥ずかしいっ!心臓がドキドキいっている。鳳くんだったのか。


「や、やあ。えと、どど、どうしたの突然、好き、って?」

「え?だって、さっきの歌。今の、2年前に流行った曲だよね。歌詞が、さ」


礼はきょとんとした顔で鳳くんを見た。鳳くんもきょとんとした顔でこっちを見ている。あれ、なにこれ。どういうこと?
歌詞。初恋の歌で、好きな人の隣を歩く、でも気持ちはまだ伝えていないし相手も気持ちも分からない、この切ない気持ちを誰かに聞いて欲しい、みたいな歌詞だ。おおざっぱに言うと。でも、なんでその歌が私の恋の話につながるんだろう。


「自分の気持ちを歌ってるんじゃないの?」


鳳くんは首をかしげる。いや、ちょっと待てぃ!別に自分の気持ちを歌に託して歌ってたわけじゃないっ!というか、普通そんなことしない。


「俺でよければ聞くよ。俺も気になるし」

「え、あ、ちょっと、別にそういうことじゃあ」


眉尻を下げて、鳳くんはちょっと微笑んで言う。いや、だから違うんだって、お願いだから私の話を聞いて!


「いやその、だからそういうことじゃなくって、私は別に」

「誰か好きになるのは普通のことだよ」

「う、うん、それはそうなんだけど、いやだからそういうことじゃなくって!」

「も、もしかして、山本さんって」


鳳くんの顔がわずかに赤くなる。えっと、どうして鳳くんの顔が赤くなるの?もしかして……、鳳くんのことが好きだって勘違いされてる?
礼は、自分の顔にも血が上るのを感じた。まずい、絶対今、顔が赤くなってる。このタイミングで顔を赤らめるとか、鳳くんの考えを肯定しているようなものだ。違うのに!


「さ、さよなら!」


私は逃げた。ごめん、鳳くん。でもこの場の雰囲気に耐えられなかったよ、私。あ、ちょっと、山本さん、と後ろから私を呼ぶ声が聞こえた気がする。でも、ごめん、鳳くん。君にはかなわないから、逃亡させてもらう。


***


鞄をしっかり持って、とりあえず衝動的に礼は校舎裏の花壇まで走った。しまった、靴はき替えるの忘れた。上履きのままだ。昇降口に靴を取りに帰るのは簡単だけど、今行ったら鳳くんと鉢合わせしてしまいそうだ。仕方ない、ここでちょっと時間をつぶしてから行こう。

礼は花壇の横にしゃがみ込んだ。学校の花壇で咲く花なんてパンジーとかサルビアばっかりだと思っていたのに、氷帝学園では違うらしい。豪華な邸宅のガーデンみたいに、知らない花が咲き乱れている。

ああ、それにしてもどうしよう。鳳くんに勘違いさせてしまった。いや、勝手に勘違いされたんだけど。あれ、一体なんだったんだろう。あれが天然というものなのだろうか。、鳳くんってあんなに天然キャラだったっけ。
いや、天然というよりも、優しい、のかな。私のことを気遣ってくれたんだろうな、きっと。それで素直に気遣ってくれたに違いない。

(俺でよければ聞くよ。俺も気になるし)

さっきはパニックになって聞き流していた台詞を思い出して、再び礼はドキっとした。お、「俺も気になるし」?誰が好きなのうんぬんという話を反らすのに精一杯でスルーしてたけど、気になるってどういうこと!?鳳くんってあんまり恋バナとかしそうにないけど、気になるって。
……まさか、鳳くんって、私のことが好きなんだろうか。いやいやそんなまさか。でも私の好きな人が「気になる」ってそういうことじゃないか!?

礼は再びばくばくしてきた鼓動をおさめようと、深呼吸をした。すってー、はいてー、すってー、はいてー。いやいや、まさかあの人気者の鳳くんが私を好きだってことはないだろう。きっと、私が恋に悩んでいるようにでも見えたんだろう。ホントは、恋なんてしてないんだけどな。むしろ今、鳳くんのせいで悩んでいる。

またメロディが口から出てきた。悩んでも仕方ないよね、という歌。今度は今の自分の気持ちにぴったりだ。歌、ちゃんと歌いたいなあ。靴をはき替えたら、やっぱり今日はカラオケに行こうかな。

ざく、っと草を踏む音が近くでした。ぎょっとして振り返ると、そこには長身の男の子。


「あ、こんなところにいたんだ。逃げなくてもよかったのに」


いや、大丈夫じゃないから!というか、なんで私のことを追ってきたんだ。
よく見ると、鳳くんはジャージに着替えて、ローファーではなくテニスシューズを履いている。ということは、私を追ってきたんじゃなくて、テニスコートに行く途中でたまたま私を見つけただけか。


「さっきの話なんだけど、もしかして、山本さんって」


どうしよう。せっかく落ち着いた鼓動が、また尋常じゃない高鳴りをみせている。なんか変な汗も出てきた。「俺のこと好き?」とか聞かれたらなんて応えたらいいんだろう。好きじゃないよとか普通って言い切るのはヒドイ気もする。鳳くんが私のことを好きだという可能性もあることだし。でも、好きだよって返したら誤解を招く。どうしよう、どうしよう。そうだ、こういう時こそさっさと否定しておいたほうがいい。


「ご、ごめん、私、鳳くんのこと」

「え、俺?恋バナ苦手なの、って聞こうと思ったんだけど」


礼は体中の力が抜けた。なんだ、違ったのか。気が抜けた体の中には、まだ力強い鼓動だけが残った。
……あ。先走って「鳳くんのこと」って言ってしまった。しまったー!これじゃあますます、私が鳳くんのこと好きみたいじゃないか!


「俺も恋バナ苦手なんだよね。なんかさ、山本さんのこと、前から気になってたんだ」


私の妙に途切れた台詞を鳳くんはスルーしてくれた。
でも、気になってたって、本当にどういうこと?鳳くんと話をするとハテナマークが頭から離れない。彼は、やたら爽やかに笑った。


「なんかさ、俺と同類なんじゃないかなって気がしてたんだ」


はあ、と礼は息を大きく吐いた。なんか疲れた。よかった。結局、鳳くんに誤解はさせずに済んだようだ。助かった。


「ああ、なるほどね。そういうことだったんだ」

「うん?うん。それにしても、山本さん」


鳳くんは、あどけなさの残る顔で爆弾を投下した。


「さっきの『私、鳳くんのこと』、って、何を言おうとしたの?」


礼は硬直した。
ああ、聞き逃してくれたんじゃないんだ。心臓のドキドキがまた激しくなった。これじゃあ、まるで恋してるみたいだ。私、恋なんてしていなかったはずなのに?さて、ここからどうやって切り抜けよう。ヘタしたら、また鳳くんに振り回されてボロを出してしまいそうだ。あれ、ボロって、何を?まさか、私、本当は鳳くんのことが好きなのか?

混乱したまま彼を見上げるが、鳳くんは逃がしてくれないようで、まだこっちをじっと見ている。

お願い、誰か助けて。

ツークツワンク:相手は直接狙ってはいなかったものの、自ら状況が悪化する手を指さざるを得ない状況を言う。

(20101207)

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