se_チェス用語で氷帝 | ナノ
勢いが大事なのよ、勢いが!
大丈夫、がっくんなら行けるよ。だってあんなに高く飛べるんだし。
氷帝はそりゃあ、いろいろとレベルが高いけどさ。それは知ってるけどさ。
え、何を期待してるかって?うふふ、そりゃあもちろん。
セブンスランク・ルーク
「なあ、礼、どっちがいいと思う?」
「テニス部」
「クソクソ、即答かよっ!ちょっとは悩めよなー、俺の将来がかかってんだぜ」
「いや、だってさあ」
テニス部ってイケメンめっちゃ多いし。がっくんがテニス部に入ってくれたら、応援するふりしてカッコいい人見放題だし。……とはさすがに口に出せないけど。
それに今日の入学式で初めて見た、跡部くん。テニス部に入るって噂だ。あの人、カッコよすぎる!あんな完璧にきまってる男子なんて初めて見たよ、私。亮ちゃんは彼のこと、嫌いみたいだけど。
「でもよー、俺、テニス部よりもバスケ部の方が活躍できんじゃね?って思ってさ。飛べるし?」
「何いってんの、がっくんテニス上手いじゃん。もったいないよ、部活でやらなかったら。ほら、亮ちゃんも何か言ってよー」
「ま、ともかく俺はテニス部に入るぜ、岳人」
うう、とがっくんはうめいた。むむ、結構悩んでいるようだ。亮ちゃんだけじゃなくて、幼なじみのがっくんにもテニス部に入ってもらった方が、私としては嬉しい。だってカッコいい人が以下略。
「とりあえず、放課後にテニス部の仮入部に行ってみようぜ。様子見て、それから決めたらいいじゃねえか」
「そっか、それもそうだな」
ひゃっほう!今日の放課後はテニス部の見学で決定だ!
礼はひらひら手を振って二人に別れを告げると、速攻で幼稚舎からの友人、高原美波を探した。
「美波ー!ねね、今日の放課後空いてる?」
「ああ、もしかしなくてもテニス部の見学?私、パス。陸上部に仮入部に行くつもり」
がーん。ショック。ていうか、なんで美波は私が考えてること分かったんだ。
「あんた分かりやすいのよ、単純だし」
「そ、そう?」
「それにしても、礼、ホントにミーハーよね……」
「む、いいじゃん別に!イケメンは目の保養だよ!」
美波はその美貌をあきれたような表情に変えて、こちらを見た。
「カッコいい男子を追っかけるのもいいけどね、例の幼なじみも大切にしなさいよ?」
え、がっくんのこと?大切にしてるのに。
***
テニスコートにつくと、観客席にはすでに大勢の女子生徒が押しかけていた。
きゃああああああ、跡部さまーーーっ!!
黄色い声援に心がはずむ。礼もその中に入り込んで、コートを見た。
いた、跡部くん!どうしよう、ホントに格好いい。
さらさらの髪、きめ細かな肌、真っ青な瞳、日本人離れした美貌。人形のように整った顔に、つり上がった眉と強い視線、そして不適にゆがんだ薄い唇が輝かんばかりの存在感をそえている。ほんとに王子様みたいだ。いや、キング、なのかな。どちらにせよ王族っぽい。
彼はあっという間に3年生のレギュラーを全員、コートに沈めた。圧勝だ。
なんてカッコいいんだろう……!さっきからこれしか考えられない。見た目がいいだけじゃなくて、威勢がいいだけじゃなくて、本当に強い。カッコよすぎる。もう、全身全霊をかけて叫ぶしかないっ!!
一緒になってきゃあきゃあ叫びながら騒いでいると、いつの間にか、跡部くんと反対のコートに1年生が二人、入っていた。
礼はぽかんとした。あれ、もしかしなくても、がっくんと亮ちゃん?
試合が始まった。
きゃああああああ、跡部さまーーーっ!!
跡部くんに対する声援は相変わらずだ。礼は呆然としたまま、試合を見つめ続けた。
フィフティーンラブ、サーティラブ、フォーティラブ。
跡部くんはさっきと同じように余裕の笑みを浮かべて、2対1だというのに、あっという間にがっくんと亮ちゃんをたたきのめした。
跡部さまーっ、素敵ーーー!!!
礼はぽかんとしたまま、口を閉じた。なんでか、黄色い声が出なかった。
跡部くんに負けたがっくんは顔を歪めて、一度もこちらを見なかった。
***
もやもやした気持ちを抱えたまま、礼は帰宅した。がっくんと亮ちゃんと一緒に帰ろうと思っていたけど、なんだかそんな気分でもないような、あるような、もうなんだかよく分からない気分だった。
部屋でぐだぐだ過ごしてから、いつものように適当に着替えて、犬のハルを夜の散歩に連れ出す。いつもの散歩道をてくてく歩く。
桜、まだちょっとだけ残ってるなあ。
今日は月がくっきりと出ていて、見慣れた夜景を少しだけ幻想的に仕立て上げていた。桜がひらひらと散る。そこに月の青白い光が差し込んで、くっきりと、桜と私の影を道に落とした。
がっくん、大丈夫、かな。亮ちゃんは打たれ強そうだけどさ。
ふと気になって、いつもの散歩道の横にある、石段を登る。そこはストリートテニス場だ。誰もいない。静まり帰ったコートに汚れたテニスボールが数個転がっていて、後は、静かに桜の花びらが沈んでいるだけだった。
テニスコートで余裕で笑う跡部くん。その足下で、悔しさをにじませて転がるがっくん。
どんな、気持ちだったんだろう。テニスコートで。
階段を上りきると、ハルがわんと吠えて、しっぽを振りながら走り出した。
「え、ちょっと、ハル!」
ハルが目指した先は、桜の木の下で影になっていたベンチ。
そこには、几帳面にたたんだタオルを横に置いて、肘を太ももについてぼうっとしているがっくんがいた。まだ寒い時期なのに、汗ばんでいる。足下には、ラケットが転がっていた。
「がっくん」
一人で練習していたんだろうか。心が、ぎゅっとする。がっくんは、ぴくりとしたが、顔を上げなかった。
「はっはーん。さては、跡部くんのあまりの美貌に自信喪失したな〜?」
「んなわけねーだろ!」
わざとちゃかすと、がっくんはムっとして顔を上げた。良かった、ノってきてくれた。思ったほどは落ち込んでないみたいだ。これなら、大丈夫。
「すっごいイケメンじゃーん、跡部くん。紹介してよー」
「なら代わりに、お前の友達の、高原だっけ?美人じゃん、紹介しろよ」
「え」
なぜか、衝撃を受けた。それはすっごくイヤだ。
「んな顔すんなよ、ジョーダンだって」
どんな顔してたんだろ、私。ハルのリードを持っていないほうの手で自分のほっぺたをつまむ。
「俺、やっぱテニス部に入るわ。放課後の練習も厳しいだろうけど望むところだ」
「……そっか」
練習、厳しいのか。全国レベルの部だもんね。てことは、部活動の時間が長かったりするんだろうか。「俺にはテニスがあるんだから、お前先に帰ってろよな」とか言われちゃうんだろうか。
「ねえ、がっくん。これからは一緒に帰れないの?」
「んなこたねーだろ」
がっくんは立ち上がって、にっと笑った。
「礼が練習終わるの、待っててくれりゃあいい話だろ」
あ、そうか。私が待てばいいのか。がっくんの一言が心に響く。
「さ、もう帰ろーぜ。おばさん、心配するだろうし」
「うん!」
そっか。なんだかよく分からないが、よく分からないなりに、心のもやもやがいつの間にか晴れていた。私はハルのリードを引っ張って、先に歩き始めたがっくんの背中を追いかける。
明日も、こうやって過ごせたらいい。
セブンスランク・ルーク:ルークを敵陣の7ランクに侵入させる形。攻撃で有利になる。
(20101126)
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