se_チェス用語で氷帝 | ナノ
太陽の光に焦がれ、宮殿の輝きにため息をこぼし、宝石の硬質で冷たいその優美さに思いを募らせる。
私は大地を見、生活臭のするバラックで生き、この手に握るのは無骨な道具。
自分に合うやり方を捨てるわけにはいかない。
それでも羨望は消えない。

美しく華々しい者が身近にいれば、いるほど。







ポーンの輝き




しばらくしてからようやく、榊先生がプリントの束を手に取って、礼の目の前に現れた。音楽執務室のソファに座っていた礼は、その横に鎮座するチェステーブルを触っていた。彼が現れた拍子に、手でもてあそんでいた白の駒をコトン、と倒してしまった。


「待たせたな、これを一人一部ずつ配っておくように。明日までには済ませておくこと」

「はい。……榊先生、チェスもするんですね」


駒を定位置に戻すと、礼は先生から束を受け取る。


「ああ。石神井中等部長がお好みになられて、たまに対戦をする」

「校長先生が?ちょっと意外です。囲碁とか将棋が好きそうなイメージだったので」

「石神井部長はよく、『チェスは氷帝学園のようなものだ』とおっしゃる」


榊先生はすっと礼のそばに寄ってきて、チェステーブルの傍らに立った。ふわりと、濃い香水の香りがただよってくる。


「チェスの駒が、氷帝学園の生徒に似ている、と。個性的でさまざまな才能を持った子供が集まっていて面白いとおっしゃっていたな」

「でも、榊先生。ナイトとかビショップにたとえるのは分かりますけど、ポーンにたとえられると複雑な気分になります」


礼は、先ほどのポーンを持ち上げた。手のひらにあるそれは、丸い頭をしていて、ちっとも輝かしくない。


「そりゃあ、氷帝には私みたいな地味な生徒もいますし、それこそポーンっぽいですけど」

「ポーンで何が問題なのだ」

「だって、ポーンって無個性だし、いわゆる歩兵なわけですから『才能溢れる』って感じじゃないというか……」


榊先生は、礼の手のひらに長い指を伸ばした。そして、ポーンを持ち上げて、礼の目の前に掲げる。


「山本。これは、何の駒だ?」

「え?白のポーンですよね?」

「そうだ、だが、ここに配置されたときは、」


もう片方の手で、そのポーンが元々置いてあったマスをとんとんとたたく。


「正確な名称を、『キング・ポーン』と言う。他のポーンにも、ルーク・ポーン、ビショップ・ポーンなどという名がある」


礼は眼前のポーンを見つめた。すべて同じである8つのポーンの、違う名前。


「ポーンは常に前に進む。例え目の前に強大な敵がいようとも。それは一見地味に見えるがポーンの個性といって間違いないだろう」


礼は榊先生を見上げた。彼はいつも通りの、クールな表情で淡々と言葉を紡いだ。


「氷帝学園には無個性な生徒などいない。そして、キングからポーンまで、すべてを内包するのが我が氷帝学園だ」

「……はい」

「うむ。――分かれば、行ってよし」


彼はポーンを定位置に戻した。16の白と16の黒。盤上に、背筋を伸ばして駒が並ぶ。
少しはうぬぼれてもいいんだろうか。私も、輝かしい彼らと一緒である、と。
彼らに対する羨望は消えないだろう。しかし今、その羨望の隣に、小さな誇りがそっと寄り添った。

(20101213)

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