se_チェス用語で氷帝 | ナノ
西洋将棋とも言われるチェス。
ただの遊戯ではなく、頭脳を使ったスポーツとも、芸術とも、科学とも言われる。
彫刻がほどこされた、白と黒の6種類の駒。
戦争とも呼ばれるチェスだけど、ぱっと見たところは優雅で素敵だ。内に激しいものを秘め、でも外見はあくまでも優雅に上品に。
氷帝学園のテニス部って、チェスに似ている。
チェックメイト!
「やるねー、礼」
「えへへ、上手くなったでしょ?萩ちゃん」
「ふふ。油断するのはまだ早いよ。……チェックメイト」
「あーっ!」
「俺に勝つのはまだ早いよ」
盤をよく見て考える。確かに礼のキングはチェックされており、もう動かせる手がない。どう考えても、確かにチェックメイトされていた。
萩ちゃんはくすくす笑って、奇麗にそろった髪を揺らした。礼はあーあ、とぼやいて体を後ろに倒す。ふてくされた礼は、チェスボードの横に置いてあったレモンティーに口を付けた。チェスに熱中している間に、紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
「萩ちゃんばっかり強くなっちゃってー、始めた時期はあんまり変わんないのに」
「でも礼よりは圧倒的に戦歴が多いからね」
そりゃあ、そうなんだけど。萩ちゃんの言っていることは正しいけれど受け入れたくなくて、礼は彼からぷいっと顔をそらした。萩ちゃんはそんな礼を見てますます笑みを深める。
小春日和の午後の日差し。今日は冷たい風も吹いていなくて、こうして外で過ごすにはもってこいだった。萩ちゃんの家の縁側で二人、チェスをしながらひなたぼっこをする。柔らかい光が萩ちゃんも、礼も、チェスボードも、二人が座っている縁側をも照らして、優しい熱でじわじわ、ぽかぽかと温めている。
戦歴、ねえ。礼は、ボードの上に並んでいる、美しく彫刻されたチェスの駒を眺めた。チェスは宮廷サロンみたいな雰囲気なのに、戦歴だなんて激しい言葉も捧げられている。この優雅さと激しさの二面性を持つあたり、チェスはあれにとてもよく似ている。
「ねえ、萩ちゃん。氷帝の男子テニス部ってさ、チェスに似てない?」
「ええ、どうしたんだい突然」
「ほら、キングは跡部くんで、クイーンは忍足くんかな……」
「なるほど、確かに。8つのポーンは普通の部員だね」
「残り6つのルーク、ビショップ、ナイトが活躍してる選手!えっとね、萩ちゃんは……」
「俺は、その中にはいない」
「え?」
萩ちゃんはうつむいて、少し笑った。
「俺は入っていないよ。テニスコートという名の盤上で華々しく活躍できるのは、8人の正レギュラーだけさ」
「萩ちゃん……」
礼は両手で紅茶のカップをぎゅっと握りしめた。
萩ちゃんは、一度、準レギュラーから正レギュラーに上った。でも、それはすぐに宍戸くん本人によって取り返されてしまって。レギュラーになったときも、萩ちゃんは素直に喜べないって言っていたけれど、また準レギュラーに落ちてしまったときは、確かにつらそうだった。
「それにね、」
萩ちゃんの笑みを含んだ声に、礼ははっとする。
「それにね、きっと俺はチェスプレイヤーなんだよ。テニス部の会計係だしね」
萩ちゃんはニコニコと、それは楽しそうに笑っていた。
「組織の要はヒトとカネ。ヒト、つまりテニス部員の人望はキングの跡部君が一手に握っているけど、カネ、つまり彼らが動く基盤はプレイヤーの俺が掌握している」
「な、なるほど……」
微笑みながら悪の黒幕のような台詞を吐く萩ちゃんに、礼は気圧された。……こんな人、だったっけ?
「うん。彼らはみんな、俺の手の内さ」
「ええっ!」
「なーんて、ね」
萩ちゃんはいたずらっぽく笑って、わざとらしくウインクをしてみせた。
チェックメイト:詰みのこと。
(20101213)
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