se_チェス用語で氷帝 | ナノ
女は雰囲気で落とせ。雰囲気が重要なんだ。こじゃれたバーで夜景を見ながら、上品にワインで乾杯。甘い雰囲気を醸し出せ。そうすればどんな女もころりと落ちる。

テレビドラマで、主人公がアドバイスをしている。
雰囲気、ねえ。これって、中学生にもいけるのかなあ。少なくともこじゃれたバーはあり得ない。
でも確かに、仲良くなって、良い感じの雰囲気になって、なんとなく付き合っちゃうことってあるよね。
雰囲気で落とすとか、中学生男子でも考えてるんだろうか。







ステイルメイト




「ちょっと山本さん、どういうことよ!?」


朝教室に入ろうとしたところで、突然同級生に止められた。えっと、名前なんだっけこの子。礼は首をひねる。知らない子だ。ちょっと派手な感じがする。


「何のこと?」

「しらを切るつもり!?跡部様のことよ!」


なんだっていうんだろう、いきなり。礼は困惑した。こちらが状況を理解する前に、勝手にヒートアップしていく。彼女は礼に詰め寄ってきた。


「アンタ、跡部様と付き合い始めたんでしょ!?どういうことなのよっ」

「はあ!?」


どこから出たんだそんな噂。礼は焦った。跡部くんと付き合っていないどころか、電話番号もメアドも知らないというのに。クラスも委員会も違うし、接点なんてほとんどない。そういえば、最近話をした。今までも何回か話をしたことはあるけれど、でもどんな話だったかも覚えていない。それくらいで、こんな大げさな噂が流れるとも思えない。
話がかみ合わなくて困っていると、昇降口の方から友達が走ってきて、大声で言った。


「おっはよー、礼!ていうかやるじゃん、あの跡部くんと付き合うなんてさー!なんで教えてくれなかったのよ、水くさいぞ!」

「ほら、やっぱり山本さん付き合ってるんじゃない!どういうことなの!?」

「えええっ!?」


なんであの子までそんな噂を信じているんだろう。どこからそんな噂が流れたんだろう。混乱しかけた頭の片隅で冷静にそう思う。周りを見渡すと、みんなこちらを振り返っている。中には、興味津々でこちらに近寄ってくる子や、ひそひそと内緒話をしている子もいる。


「お、山本、ここにいたのか。ちょっと用事があるから職員室へ来い」


タイミング良く、後ろから担任の鈴木先生が礼に声を掛けてきた。これはラッキー。この場から逃げるチャンスだ。ここで噂を否定しても、ちゃんと聞いてもらえるとも思えないから、噂の消火活動は後でやろう。
ごめんね、と一声掛けて、礼は先生の後ろを追う。


「鈴木先生、どうしたんですか。何か配るプリントがあるとか?」

「はっはっは、いやいや。別に何もないぞ。ほら、大変だったろ、女子に囲まれて。お前も苦労するなあ」


いつものように豪快に鈴木先生は笑う。


「助けて下さったんですか!ありがとうございます、先生。そうなんですよ、さっきから誰も話聞いてくれなくて」

「そうだろうな、でもまあ仕方がないだろうなあ。あの跡部と付き合い始めたんだから、しばらくは注目の的だろうよ」


礼は愕然とした。なんでこうなるの?


***


こっそり教室に帰って、授業を受ける。今日はさんざんだ。授業中も隣の席の男の子にはニヤニヤされるし、女の子からは跡部くんとのことを問い詰める手紙が回ってくる。そのたびに何にもないよ!ただの噂だから!と否定するが、誰も信じてくれない。疲労感だけが残る。……なんで私がこんなことに。

業間休みはダッシュでトイレにこもってやり過ごしたけれど、昼休みはどうしよう。ご飯は食べられなさそうだがそれはもう諦めた。今のミッションは、追いかけてくる女の子から逃げることと、できるだけ噂を打ち消すことだ。今のところ、ヒートアップした女の子たちは私の言葉なんて聞いてくれないだろう。だから今日は、とりあえず逃げ回ることが優先だ。

4時間目終了のチャイムが鳴ると同時に、礼は逃げ出した。後ろから、山本さん待って!という声が口々に聞こえる。だが私は待たぬ!
避難先に一番いいのは職員室だけど、職員室に長いこと居座るのは無理だ。第一、鈴木先生だってあんな状態だ。先生からもニヤニヤされるに決まっている。いや、榊先生ならニヤニヤしないだろうけど、音楽室に行くと男子テニス部に遭遇しそうで嫌だ。

早足で歩いていると、ある教室が目についた。ここは、あまり人が入らない。静かに第二資料室のドアを開けて滑り込むと、中には真面目そうな眼鏡をかけた男の子がいた。


「あれ、竹内くん」


中にいたのは、生徒会書記の竹内くんだった。彼とは1年生のころにクラスが一緒だったこともあって、顔見知りだ。


「あの、ごめん、今私、逃げ回ってて。ちょっとでいいからここにかくまって!」

「ああ、うん、跡部と付き合ってる、ってやつだろ?大変だったね」


礼はほっとした。ようやく、逃げ回らないでも済むようになりそうだ。竹内くんはちょっといたずらっぽく笑って続ける。


「学園生活の健全な営みを守るのも生徒会の役目、だからね。とりあえず一緒に生徒会室に行こう」

「え?跡部くん嫌がらない?」

「大丈夫だよ。さ、行こう」


竹内くんに手を引かれて歩き出す。私とこんな噂を立てられて、跡部くんは私のことが嫌になったんじゃないだろうか、と心配にしけれど、竹内くんは大丈夫だ、と自信満々だ。それに、確かに跡部くん本人がいる生徒会室に突撃してくる女の子がいるとも思えない。生徒会室に逃げるっていうのは良案だった。


***





なんでこんなことに。
目の前には、テーブルをはさんで跡部くん。彼は長い睫毛を伏せて、優雅に紅茶を飲んでいる。礼の前にも紅茶が置かれている。周りには礼と跡部くん以外、誰もいない。礼は、生徒会室の奥の部屋で彼と二人っきりにさせられていた。

生徒会室へ導いてくれた竹内くんは、大変だね、まあ頑張って、といって二つの紅茶とともに礼をこの部屋に押し込んだ。部屋の中には跡部くん。混乱している間にさっさと竹内くんは去り、跡部くんにはいつまでつっ立ってるんだといわれ、ぎこちなく、跡部くんの対面にあるふかふかのソファに座る。……何度でも言おう。なんでこんなことに。

かちんこちんになっている礼をよそ目に、跡部くんはカチャリとカップを置いた。


「さて。お前はこの状況を、どう思う?」

「どうと言われても……、どうしてこんなことになったのやら」

「ふん、ずいぶん嫌そうだな」

「私は別に嫌じゃないけど……、むしろ跡部くんはすごく嫌だよね、こんなの。私も頑張って噂を打ち消すから、」

「その必要はねえ」


気恥ずかしくて伏せていた顔をあげると、目の前に跡部くんの顔があった。
予定よりちょっと早いがまあいいだろう、と跡部くんは言って。


「好きだ。俺と付き合え」


礼は目を見開いた。
一瞬フリーズしてから頭がぐるぐると回りだす。好き、って、私を?

もしかして、……もしかして、みんなにこんな噂を流した張本人って。竹内くんが私を生徒会室に連れてきて、頑張って、と言っていた意味は。


「早くイエスって言っちまえ」


彼のアイスブルーの鋭い目が、礼の瞳を貫く。

目の前に鋭い刃を突きつけられたかのように、今、イエスかノーの二択を目の前に突きつけられた。あれ、でもこれ、ノーの選択肢ってあるんだろうか。もう噂は事実として全校生徒に広まっているころだろう。


もう、どこにも逃げられない。


「お前の負けだ」


跡部くんはあでやかに、いっそ傲岸に見えるほど自信満々な笑みを浮かべた。
ようやく口を開いても、まだ言葉が何も出てこない。

昨日のドラマでは、雰囲気が大事だって言っていた。でも跡部くんは雰囲気で落とすどころか、外堀を埋めてから、堂々と正面突破してきた。

これはこれで有効な手だな、と思ってしまった私はもう、彼の術中にいる。

ステイルメイト:自分の手番であり、相手にチェックもされていないが、次に合法的に打てる手がない。反則にならずに次に動かせる駒が一つもない状態。

(20101213)

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