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鮮やかな日(乾、SS)

三寒四温。灼熱の夏と涼やかな春は押したり引いたり、寒くなったり暑くなったり、三歩進んで二歩下がるを繰り返しながら刻々、季節は変化してゆく。うちのクラスでは風邪が流行っている。先生が「気温がころころ変わるから気をつけなさい」と注意喚起をしていた。
私は自分の両手を見た。体調に問題なし。全くなし。最近、逆に体が強くなった気がする。ニキビも最近はできなくなって肌の状態も良くなった。よく割れていた爪も奇麗になり、ついでにかかとのお手入れなんかも始めてしまった。
ひとえに、乾汁の影響に違いない。

「夏目、最近奇麗になったな」

そんなこと言いそうにもない男の口から出た言葉に、私は仰天した。飲んでいた試作品の乾汁が喉に詰まる。

「うっ、ぐ」
「すまない、大丈夫か」

彼がぽんぽんと背中を撫でてくれるが私はそれどころじゃなかった。気管支にちょっと入って痛い。鼻にはツーンと謎の刺激臭、舌も未知なる不毛味に麻痺している。それなのに体にいいだなんて信じられない。乾に好意を抱いていなかったらここまで試飲に付き合うこともなかっただろうに。体に良い効果があるのはいいが、精神的なダメージが大きすぎる。
それでもいいから、こうして飲んでいるわけだけれど。

「何%くらい奇麗になった?」

動揺を抑えるためにわざと冷静に聞き返す。彼の顔から眼鏡がずるりと落ちかけて、乾汁を吹きかけた。

「ごめん、大丈夫?」
「……ああ」

彼がむせて折り曲げていた腰をぐうっと伸ばすと、頭が天井につきそうに見えた。私は彼を見上げて頭をかしげる。

「何かあったのか」
「乾汁のおかげじゃない?」
「それは嬉しいが、……そこまで顕著な効果があるとも思えないのだが」
「女は恋をすると奇麗になるって言うしね」
「何」

彼は眉をハの字にした。こういう表情もよく似合う。よく晴れた日なのに調理室はちょっと薄暗くて、彼は窓から入る光を背にそびえ立っていた。逆光で表情がよく見えない。

「そのまんまだよ」
「そうか」
「君だよ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ、にぶちん」

彼の手からコップが滑り落ちた。鋭い音がして、ガラス片が散る。日の光を虹色に反射させて、床に散る。飲みかけの乾汁、鮮やかなオレンジ色が目に染みる。

「想定外だ」
「私も予定外だったよ、つい思わず」
「良い誕生日プレゼントだ」
「誕生日だったの?」
「……知らなかったのか」

ありがとう。本当は俺から言うつもりだったのだが。
続く言葉に目を閉じる。視界が黒く染まる前にみたオレンジ、それを反射してきらきら輝く虹色。きっと忘れられない色になるだろう。

(20120603)

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