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いうこときかない(真田)

昼休みになると食堂や購買へ向かう生徒の大群に、制服にはあるまじき派手な色がちらほらと混ざり始めた。橙、緑、紫、赤。毎年恒例の風景といえど仮装をした子は注目の的で、ある者は笑いながら、ある者はすました顔で、ある者は照れくさそうに歩いていく。派手な色は放課後のある一点に向かって増える。今日は校内の雰囲気が浮き足立っていて、目を和ませつつも変わらぬのは先生くらいだった。


向かいの校舎の様子を窓越しに眺めていた真田弦一郎は眉をしかめて苦々しい表情になった。彼は軽く頭をふると窓から離れ、委員会室の中央にある大きなテーブルについた。やや乱暴に卓上の書類を手に取って何かを確認するようにページを繰り始めた。
しばらく紙の音のみが響いていた部屋に、ノックが聞こえた。きたよー、と扉をくぐって入ってきたのは派手な色。
真田弦一郎は目をカッ見開いて、しかりつけるように叫んだ。


「夏目!なんだその格好は」

「なんだって。ハロウィンパーティの仮装に決まってるでしょ」

「そんなことはわかっている」


臆せずケロッと返事をする彼女に、彼はいらいらと大きな声で続けた。


「風紀委員が仮装などしている場合か、仕事があるだろう」

「でも仕事ってパーティの後にちゃんと片付けしてるかとか着替えて帰ったかだとか門限超えても残ってないかとかチェックするだけで」

「だけ、ではない、浮き足だった生徒を沈める重要な仕事だ」


彼は相手の言葉にかぶせるようにあわただしく苛立ちを放った。軍人のように厳めしく規則正しい早足で彼女に近づく。彼女はけげんな顔で問う。


「それでも、仕事はパーティ後でしょ?大丈夫、早めに抜けるから」

「そういう問題ではない」

「じゃあどういうことよ」


普段に比べて論理性に欠ける叱責に、彼女はむっとした。彼は言葉の伝わらぬ彼女に余計に苛立ち、しかしもう声を荒げることはなく対峙した。


「寒い時期に女子がそんな格好をするなど、言語道断だぞ」


彼女は自分の格好を見下ろした。黒とオレンジのミニスカートに襟まわりの大きく開いた上着。後はトンガリ帽子を被って魔女っ子のつもりだ。確かに薄着だが厚手の黒タイツをはいているし、胸元もしっかり隠れているから恥ずかしくない。


「大丈夫だよ、構内は暖かいし」

「ダメだ」


にべもなく否定する彼に今度は彼女が声を大にした。


「いいじゃん1日くらい!せっかく学校も認めてくれてるのに」

「ダメなものはダメだ」

「そんなこと真田が決める権利ないよ」

「ある。これは風紀委員の内部規律の問題だ」

「ない!今風紀の仕事やってるわけじゃないじゃん!ひどいよ真田、似合ってる、くらいは言ってくれるかと思ったのに」


声のトーンを急に落として涙声になった彼女に、彼は慌てる。彼は自分のカーディガンを手に取ると、彼女にかけた。首筋に当たる毛糸の感触に彼女は首をすくめるが、彼は気にせず彼女をすっぽりとくるんだ。


「首を冷やすと風邪をひくぞ」

「……暖房ついてるもん」

「秋には破廉恥なやからも多いから危険だ」

「痴漢には会ったことないしちゃんと着替えて帰るよ」


彼は動きをとめた。彼女はいぶかしく思い、悲しさと怒りをないまぜにしたまま顔を上げる。彼は予想通り眉根に皺を寄せていた。


「構内にも男はいる」

「痴漢はいないよ、余計なお世話」


彼は再び苛立ちを露にして大声を出した。まるで、もう何も見たくないとでも言うように。


「そういう格好は破廉恥だ!」


彼はもう一度カーディガンの両端を持って、人目から隠すように彼女をしっかりとくるみ直した。彼の服は大きく、それは彼女が楽しみに身に付けた衣装もアクセサリーも何もかも総てを覆った。

鮮やかな色彩は消えて、後に残るのはのっぺりとした灰色。

明確な否定と拒絶に、彼女は怒りよりもはるかに大きな悲しみを宿して立ちすくんだ。上を見て彼を睨み付ける。そうでもしないと涙がこぼれ落ちそうだった。


彼は苛立ったまま、再び唸るように噛み締めるように声に出す。


「そういう格好は」


再びの否定と拒絶に、ついに彼女の目から涙が一筋こぼれた。彼女は歯をくいしばって、彼を睨んだまま泣いている。

彼はやや乱暴に手でそれを拭ってやるが、涙は止まらない。

大きくため息をついて、しばらくの沈黙の後、彼は彼女から視線をそらした。

そして、かすかなため息とともに、水が一滴こぼれ落ちるように囁いた。

彼女は目を見開く。



「そういう格好は、たまらん」



彼の横顔にうつるのは、劣情。


(20111031)

ハロウィン企画。まさかの雰囲気モノ。

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