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骨と感慨(鳳)

初めて彼を見たとき、言葉が出なかった。それくらい、感動した。

ふさふさしたプラチナブロンドの髪、ニキビの一つもないつるつるで真っ白な肌、柔和な目元。体つきは華奢で、なめらかで長い指をそろえた手は女の子のようで。そして彼は、穏やかな雰囲気そのままに物腰も穏やか、誰に対しても優しい。
つい二週間前までは小学生だったとは、とても同い年だとは思えなかった。……男の子って、みんな野猿みたいなものだと思っていたのに。


これぞ良家のご子息って感じだなあ。
こんな子が同じクラスにいるなんて、なんだか信じられない。


初めての私立学校に不安と期待を抱えていた私にとって、鳳くんは、きらきらして美しい「氷帝生」の象徴に見えた。







骨と感慨





「そうそう、優、あんた鳳くんのことはどうなったのよ」


C組の笹村くんが格好よくて失神しそうとか、跡部先輩が素敵すぎて鼻血出そうだとか。次から次へとそんなことを言っていた美波が突然言い出すものだから、優はきょとんとした。


「どうもこうも何もないけど……なんで?」

「なんでって、それこそなんで!?」


何を言っているんだろう、この子は。優の怪訝な顔を見て、美波はカッと目を見開いた。見慣れた顔なのにちょっとこわい。


「優、鳳くんのこと好きなんじゃないの?」

「は?」


どうして、鳳くんなんだろう。別に鳳くんのことは好きじゃない。いい人だし、もちろんクラスメイトとしては好きだけど。そんなことをほのめかした心当たりもない。
鳳くんはスポーツよし、芸術よし、成績よしのすごい人だ。でも、穏やかさと顔に残るあどけなさのせいか、女の子からは、格好いいというよりもカワイイという評判だ。


「まさか私、誰かに適当な噂、流されてる?」

「噂にはなってないけど。優が昔よく鳳くんの話してたからさ」

「そ、そうだっけ?」

「そうよー!1学期のはじめの頃とか、鳳くん鳳くんって」


言われてみれば、そうだったかもしれない。入学式のとき、初めて見た鳳くんはそれくらい衝撃的だった。半年経った今ではすっかり慣れたけど。


「あの頃はなんか珍しくてさ、鳳くんが。公立小学校にはああいう子いなかったし、なんか上品セレブ氷帝生の見本、みたいな」

「やだ、なにそれ」


ぷっと美波は吹き出して、ケラケラと笑った。


「なーんだ、つまんないの。応援しようと思ってたのに。ねね、でも、ちょっとでもこう、好きって気持ちはあるんじゃないの?鳳くんカワイイしさ」

「んー……。憧れは、あるかもねえ」


優は入学式のことを思い出した。こんな男の子は少女漫画の中だけしかいないと思っていたのに。ただただあっけにとられた。
そして、彼を見て、優は急に自分が恥ずかしくなった。頑張って勉強して氷帝に入学して、そんな自分を誇りに思っていたけれど、適当に結んだ自分の髪や荒れ放題で焼けた自分の手が、子供っぽく見えた。あまりにも女の子らしくない。

机の上で軽く組んだ自分の手を見る。ハンドクリームを塗るようになって、前よりはなめらかになったけど、鳳くんにはまだまだ遠い。


「鳳くんさあ、すごく手が奇麗なんだよね。ああいう手が理想。ヘタな女の子よりずっと奇麗だよ」

「うー…ん?そうだっけ?顔と身長に気を取られてて見てなかったわ」

「おやおや、ボーイハンターの美波サマにはあるまじき失態ですね〜」


そうからかって逃げたら、なにおう、と言って笑いながら美波が追いかけてきた。



***



噂をすればなんとやら。
放課後、交友棟のそばに落ちていたテニスボールを拾ったら、遠くから鳳くんの声がした。


「夏目さん!ありがとう、それ俺の!」


振り返ると、ラケットを持った彼が向こうからかけてきた。

身長、伸びたなあ。まだ大きいというほどではないけれど、鳳くんは見るたびにぐんぐん高くなる。このまま伸び続けたら2メートルくらいにはなっちゃうんじゃないかな。

そんなことを思いながらこちらへ来る彼を眺めていると、目があった。
相変わらず優しそうな目をしている。あれ、だけど、こんなにキリっとした眉毛だったっけ?髪は銀色なのに、眉は結構濃くてりりしい。


「おつかれさま。部活中?」

「うん、そうなんだ。先輩のボール、取り損ねちゃって」


ボールを手渡すと、ちょっとだけ手が当たった。

思いの外、ざらりとした皮膚の感触にどきっとして、彼の手をみる。


「あ……」


差し出された彼の手は、荒れていた。相変わらず色は白かったけれど、傷だらけだった。なめらかだった手は、節が強調されて、骨張っていた。
ラケットを握っている右手も同じ。そして何よりも、相変わらず指は長いけれど、優雅というよりも骨格がしっかりしていて男の子らしい手が、力強くグリップを握っていた。


「?夏目さん?」


困ったような鳳くんの声にはっとする。いつの間にか彼の手をつかんでまじまじと凝視していた。急いで手をはなす。


「ご、ごめん」

「俺の手、そんなに面白かった?」


慌てた優が面白かったのか、彼の声にはちょっと笑いが含まれていた。


「ううん、変わったなあ、と思って」

「え?」


前と同じように優しく繊細にピアノを弾いても、幻想的にバイオリンを奏でても。彼の手は確実に変化していた。

テニス部でも有望株の彼のことだ、きっと自分に厳しい練習を課しているに違いない。それでいて、お坊ちゃんらしい手のままでいられるわけはない。相変わらず上品だけど、以前のような美しさはなかった。


それに、男の子、だもんね。


「鳳くんって、ほんとに氷帝生らしい氷帝生だよね」

「ええ?」


遠くで、おおとりー、と彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
困惑したままの彼に笑いかけると、じゃあね、と言って優は背を向けた。

一瞬一瞬に全力を込めて過ごすんだな。跡部先輩が、入学式でそんなことを言っていた。
外から見たら、氷帝は「才能と感性に溢れたお金持ちがいく学校」だった。優もそう思っていたし、だから入学当初、努力一辺倒で来た自分がそんな環境に馴染めるのか、不安があった。「何もしないでもできる」人ばかりなんじゃないか、と。
でも本当は、堂々とした自分たちを誇るために、惜しまず努力している人がたくさんいて。


ただ優雅なだけじゃない。
かたい骨が体をつくり、そこに鍛えられた筋が付き、そしてようやく体は優雅に立っていられる。
力強いサーブから美しい音楽までを生み出す鳳くんの手と同じように。


明日美波にあったら、鳳くんの手について、訂正しよう。鳳くんの変化はきっと、彼と同じように高いプライドを持ち努力を惜しまない彼女も気に入るに違いない。



でも、鳳くんの男の子らしさを発見したことは、彼の手を男の子らしいと思ったことは、まだ私だけの秘密だ。



(20101109)

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