淡泊なる情熱 | ナノ
5

 いつものように椿の生け垣を通り抜けると、幸村はいつものように先にそこで待っていた。でも今日はベンチには座らずに温室の外に立って花びらの減った桜を見上げていた。いつになく真剣な顔をした幸村はゲラゲラ笑い転げていた彼とは違う人のように思えて、それが少し怖かった。

「座らないの?」
「うん」

 幸村が手招きをする。鞄に桜の枝をひっかけて折らないように注意して近寄ると、彼は私の頭の上に手を伸ばした。

「なんか付いてる?」
「花びら」
「ありがとう」
「つけた」
「ん?」
「オレがつけた」
「え」

 花びらを取ってくれたんじゃなくて乗せたのか。わざわざ。
 意味が分からなくて呆れたが、私は幸村を見て真顔になった。いつもベンチの隣に座って私の方なんて見向きもしない彼は、今は私に向き合っていて、そして元気がなさそうに見えた。

「……幸村くん、大丈夫?」
「うーん、大丈夫じゃないかも」

 呟くように言う彼に、胸がずきりと痛む。もしかして本当に佳奈のこと好きになってしまって、親友と恋心の間で板挟みになってしまって困ってるんじゃないだろうか。私はスカートの裾を握った。幸村の「相談」に乗り始めたころも幸村のことは心配していた、でもあんな心配は偽物だった。それとは比べものにならないような、締め付けられるような切り裂かれるような心の痛み。
 私は必死になって自分に言い聞かせた。最初からそうだったじゃないか。幸村は佳奈のことばかり見てたんだから。わかってたはずだ。それなのに私は、なんで今頃、なんでわかってたのに、好きになっちゃったんだろう。自分が悪いんじゃないか。私は幸村くんに最後まで誠実であるべきだ。

「幸村くんは、ずっと佳奈のことを見てきたわけじゃない。だから、その……」

 慰めようとしたけれど、どうしてもうまく行かなくて言葉に詰まる。なんにも言えないのか、言いたくないのか、なにをすべきかがわからない。
 幸村はそんな私をじっと見つめていたが、私が言葉に詰まると、珍しく困ったような顔をした。

「ねえ、なんでオレのこと見てたのって質問したこと覚えてる?」
「もちろん」

 なにを言いたいのかわからない。今日の幸村はいつになく変だ。私も変なのだろうけど。なぜ幸村が困惑しているのだろう。
 彼はふう、と息をつくと、すいっと散っていく花びらを一つ捕まえて、それを指先でもて遊んだ。

「オレも一応キミのこと見てたんだよ。渋谷さんだけじゃなくて。だからこそキミがオレを見てることにも気が付いたんだけど」
「……。うそ!?」
「あのね、キミがいくらオレを見てたとしてもオレがキミのこと全く見なかったら目は会わないだろ」
「……うん」

 言われてみれば当たり前だ。相談相手に私を選んだのも、ある程度私を観察して私となら佳奈の話ができると思ったからに違いない。佳奈と一番仲がいいのはたぶん私だけれど、単に親しいとか付き合いが長い佳奈の友達というなら他にもたくさんいる。

「私を通して佳奈を見てたわけだよね」
「まあ、そうだね」

 幸村はまた私の頭上に腕を伸ばした。私の頭から遠ざかっていく彼の手には先ほどまであった花びらがない。……また私の頭に桜の花びらを乗せたようだ。

「あの……さっきからなにしてくれてるんです、幸村くんは」
「渋谷さんと成田の謎も解けるかもしれないし、ゆっくり花見もできるし、嫌な相手でなければ誰かと話をするのは楽しいし。一石三鳥かなと思ったんだよね。キミとこうして話をすることは。でも昨日さ、成田にキミのことどう思ってるのか聞かれちゃって。その気がないなら中途半端に優しくするなよ、また勘違いさせるぞって釘を刺されてさ」

 幸村は私の質問は完全に無視してとんでもない発言をした。ぎょっとして思わず体がこわばる。なんてことを聞いてくれたんだ、成田くん。幸村から見たら私なんてただの友達に決まってるじゃないか。私は幸村の方を見ないようにしながらも必死で普段通りに振る舞おうとした。

 ──その言いぐさ、まるで私が幸村くんのこと好きみたいじゃない。

 冗談めかしてそう言おうと思ったのに、のどが詰まったように熱くなってなにも言葉は出てこなかった。つまり、この関係はもう終わりなのか。勘違いさせるのも悪いし花の季節も終わるし、もう終わりにしようと、そういうことだろう。私はこんなに綺麗な場所にいるというのに息が詰まりそうだった。でももうどうしようもない。私はちゃんと動揺を隠せているのだろうか。
 幸村は静かに言った。

「駅の方の公園なら花見の季節はこれからだから。今度からそっちに行くというのは、どう?」
「……え?」

 顔を上げると、その拍子に自分のマフラーがほどけた。でもそんなことはどうでもいい。目の前の幸村は困ったように眉を下げて、情けないなとでも言うかのように苦笑していた。彼がこんな表情をするのは始めてだった。一体、どういう意味だろう。

「私、もう話せること、あんまりないよ」
「うん、オレももう聞きたいことはない。渋谷さんと成田のこともなんとなくわかったから」

 混乱と、疑念と、困惑と、少しの熱と。私に期待させてしまうから会うのをやめると言われると思ったのに、またお花見に行こうということは、つまり、それは。
 呆然としていると、幸村はまた一枚桜の花びらを私の上に乗せた。幸村は苦笑したまま、静かで、けれどもはっきりした声で言った。

「オレは成田がなんで渋谷さんを選んだのか知りたいとは確かに思ったけど、成田みたいに誰かを好きになるつもりなんてなかったんだけどな。理屈じゃないんだってようやく納得いったよ」
「幸村くん」
「不覚だった。なかなかやるね」
「……それ、私のせいなの?」

 予想以上に震えてかすれた声が出る。幸村は少し私に近づくと、いつになく優しい手つきで私のマフラーをかけなおしてくれた。

「キミ以外にいないだろ。それで、返事は?」
「……最初は強引だったくせに、こういうときはいちいち聞くの?」
「ふふ、そっちの方が望みならそうするけど」

 幸村はまた、出会ったときのように、モナ・リザのような綺麗な微笑みを浮かべた。でもその頬は少し赤くて、少し恥ずかしそうでもあって、普段の彼よりもいっそう魅力的に思えた。
 こらえきれなくなって顔を覆い、しゃがみ込む。恥ずかしさと嬉しさにぎゅっと目をつぶると、頭上から「ちゃんとこっちを見てくれないと、もっと花びらのせちゃうよ?」というからかうような優しい声が降ってきた。


(終)

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