淡泊なる情熱 | ナノ
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 今日の幸村はぼんやりしていた。いつもなら私がベンチに座るや否や飲み物を押しつけて話し出すというのに、今日は黙って桜を見上げるばかりで微動だにしない。疲れているのだろうか。私はあえて彼に話しかけず、同じように黙って桜を見上げた。白い花びらが不規則にちらちらと振れては落ちていく。ほんの数日前は満開だったそれも、今となっては赤いうてなが目立ち始めている。

 この前の勘違い事件があってからというもの、幸村はときどき、校舎の中でも私に話しかけるようになった。といっても挨拶をするくらいのものだけど、クラスの子たちが私たちを見てはひそひそ話をしていた。今日に至ってはストレートに「幸村くんと仲いいの?」「どういう関係?」「好きなの?」なんて聞かれてしまった。「まさか」とはっきり否定したけれど、それ以来、なにかが胸の奥底にひっかかったまま存在を主張している。
 私としては、佳奈について話せることはもうあまりない。現に私たちの会話の内容はだんだんと佳奈に関係ないことが増えてきている。もう私が幸村の「相談」に乗る意味はないのではないかと思えた。でもそれを幸村に問いただせば、この「相談」はきっと終わる。今はそれが怖い。……怖い? なぜ。

 幸村はしばらくして、ようやくいつもの様子に戻り口を開いた。

「そういえばさ。訂正しそびれたことがあるんだけど」
「訂正?」
「オレが恋人になったって勘違いさせた子、一人だけだから。他の子とも遊びに行ったことはあるけど、それを見た学校の誰かが『あいつら付き合ってるらしい』って勝手に噂をしてくれたみたいで」
「……」
「それに、ただ女の子と遊びたくてもて遊んでたわけじゃないよ。一緒に遊んでみて気が合うなら付き合ってみようかなとは思ってたし。そこまで人でなしではないつもり」
「……ごめんなさい」
「ふふ。まさか、あんな風に怒り出すとは思わなかったよ。ふふふっ」
「人でなしではなくとも意地悪だよね、幸村くん」
「そんなこと……あるかも」

 クスクス笑っていた幸村はまたゲラゲラと笑い始めた。まったく、どれだけ人を誤解させたら気が済むんだこの人は。悪意はないし実害もそんなにないけど、まったく。
 恥ずかしくて腹立たしくて、私はまたそっぽを向いた。

「第一、佳奈の魅力が知りたいなら私じゃなくて直接佳奈と話をしてみるべきじゃない」
「そんなことしたら成田に怒られるだろ。今アツアツなのに邪魔すんなーってね」
「怒られればいいよ」
「ふふ、ごめんって。キミがオレを心配してくれてたりオレの発言に困ったりしてるのはわかってたんだ。でもその理由がわからなくて、単に変わった子だなあと思ってたんだけど。心配かけてごめんね」
「幸村くんなんて佳奈に告白してフられればいいんだ」
「だから好きじゃないってば。今日はこれあげるから許して?」

 幸村はコートのポケットからお汁粉を二つ取り出して一つを私の頬に押しつけた。最初は強引ながらも紳士だったのに、だんだん私の扱いが雑になっている気がする。ごめんといいながらからかってくるんだから。
 私はいいように幸村に手玉に取られているのが恥ずかしくて悔しくて、腹立ち紛れにお汁粉の蓋を開けると一気にそれをあおった。のどの奥へ流れていく熱い液体が、いろんな感情にからみついて胃の中まで落ちていく。幸村はそんな私を見てまた笑っている。こんなによく笑う人だとは思ってもいなかった。

「勘違いも大胆なら行動も大胆だね?」
「うるさい。勘違いさせた方が悪い」
「そういう素のキミをもっと学校でも見せればいいのに。そっちの方が親しみやすい」
「はいはい悪かったですねー心を閉ざしてて。ほがらかな佳奈とは反対ですよーだとっつきにくいですよーだ」
「ふふ、みんな渋谷さんみたいだったらそれはそれで困るからね」
「……それフォローになってないよ。ねえ、幸村くんは」

 本当に佳奈のこと、好きじゃないの?
 そう尋ねようとして、私は「やっぱなんでもない」と首を横に振った。うっかり聞いてしまわなくてよかった。さっき否定していたのに念を押すかのようにまた訪ねるなんて不自然だ。
 幸村は不思議そうな顔をしていたけれど、一つうなずくと目の前の桜を指さした。

「あれが河津桜、そっちが寒桜、こっちは……なんだったっけな。とにかく、前の緑化委員の顧問が趣味で植えたみたいなんだ」
「みんな早咲きだよね」
「うん。不思議な感じがするね、外では桜の季節はこれからなのにここではもう散りかけているのが」

 思えば最初、幸村は私に「お花見をしながらでも話に付き合ってくれ」と頼んできた。あのころは山茶花と梅の季節で桜はまだ咲いていなかった。けれど幸村とともに時間を過ごす間に山茶花は散り、梅も散り、早咲きの桜ももうしばらくすればすべて散ってしまう。ここのお花見の季節はもう終わりだ。地面に落ちて茶色く朽ちていく花びらは、私たちの奇妙な関係の終わりを告げているように思えた。
 見上げれば椿の生け垣に切り取られた狭い空から温室へ向かってななめに日が注がれている。古びた金属や汚れたガラスに寄り添う植物の瑞々しさが夕日に浮かびあがって、それが滅びた文明遺跡のような美しさを醸し出していた。その滅び行くさまを、桜が満開の薄紅色で惜しんでいるようにも見えた。
 私はきっと、幸村のことが好きだ。幸村とこうしている時間が好きだ。でも、もう幸村に対して協力できることもないのに、幸村と話がしたいからという下心から会い続けるなんて誠実じゃない。
 私は幸村の話に相づちを打ちながら、こっそり両手を握りしめた。もう終わりだと言い出すべきなのだろう。でももう少しだけ、せめて花が散りきるまでは一緒にいさせてほしい。

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