バッドトリップ! | ナノ
38

S社から帰った私と跡部は、頭を付き合わせて斎藤さんの古いパソコンを覗き込んでいた。タケル兄に教えてもらったように「斎掛」で検索すると、昭和20年に何とか大会があったやら天皇陛下がお越しになったやら昔の出来事を書いたページがいくつかヒットした。しかしいずれも大した情報ではなく、斎掛の歴史や伝承についてはほとんど記事がない。

「目立った記述がないことからすると、昔は地味な場所だったみてえだな」
「今もただの住宅地だしね。アニメの影響でちょっと有名になったくらいで」
「本格的に調べるならやはり郷土資料館に行くしかねえな」
「そうだね。いついく?」
「今週末は斎藤さんと諸処の手続きに行く必要がある。郷土資料館は来週以降だな」
「跡部、来週から学校に来るんだっけ?」
「ああ。倉本、放課後は基本的にあいているんだったな?」
「うん。じゃあ放課後ってことで。学校から近いしちょうどいいね」

私は跡部にマウスを譲ってもらって、検索ページをスクロールしながらざっと眺めた。やはりダメだ。

「それにしても、ときかけ、かあ」
「なんだ」
「本当に聞いたことないんだ、この名前。でもなーんか聞き覚えがあるというか……あ、思い出した」
「なんだ!?早く言え」
「ときかけって『時をかける少女』みたいな名前だなあって」

私はカシャカシャと検索すると「時をかける少女」のページを跡部に提示して見せた。跡部の世界──テニプリの世界にはこの小説はさすがにないらしく、跡部は片眉をあげてディスプレイを覗きこんだ。

「時をかける、に、ときかけ。似てない?」
「どんな話なんだ?」
「女の子がタイムリープする話だったはず」
「時空を越えるってことか」
「うん。……時をかける跡部?」
「アーン!?」
「ま、まさか跡部って私の子孫だったりしないよね!?」
「んなわけねえだろうが!向こうとこっちじゃ日付は全く同じだったぜ」

私は一瞬唇をへの字に曲げた跡部をまじまじと見た。こんな呆れたような顔をしていてもイケメンだもんな、跡部は。そうだ、私の子孫がこんなにイケメンであるはずがない。それに跡部によれば向こうの世界の歴史と私たちの歴史は全く違うものであるらしいから、その点を鑑みても未来から来たという可能性はほとんどない。

「俺のことをあえて言うなら『別世界から来た』だろうよ。もっとまともなアイデアはねえのか?」
「ぐっ、そんなこと言われても。あ、斎掛の斎って斎藤さんの斎だよね」
「それはさすがに関係ねえだろう。……よな?」
「……たぶん」

私と跡部は顔を見合わせた。時計台へ跡部が来たことが誰かに仕組まれたことだったとしたら、跡部の身を斎藤さんが預かっていることだって誰かに仕組まれたことかもしれない。まさか、とは思いたいけれど。

「斎藤さん、敵、じゃないよね?」
「おそらくな」

沈黙が落ちた。考えたくないけど斎藤さんが味方だという保証はないのだ。跡部を家に呼び寄せたのは斎藤さんだ、ということは彼が黒幕で何かを企んでいるという可能性だってなくはない。

「……気にしすぎだ、あの人は敵じゃねえ。100%とは言い切れねえが、仮に敵だったとしても今は頼るしかねえだろ」
「そう、だね」

私は深呼吸をして頭を振って、微かに明滅するパソコンのディスプレイから目を引き離した。根拠もロジックもない下手な推測でできることはこんなもんだ、余計に混乱してしまっている。心配しても仕方がないことは仕方がない。
玄関でがちゃがちゃと鍵を回す音がして、「ただいまー」という斎藤さんの声がした。
噂をすれば陰。私は素早く跡部から離れてソファに座り、新聞を見ているふりをする。跡部はブラウザの履歴を消すと適当なニュースサイトを開いた。

「やあ、倉本さん、来てたんだね」
「斎藤さん、おかえりなさい!お邪魔してます」

私は何にも知らないふりをして、斎藤さんににっこりと笑って見せた。


(20160416)

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