バッドトリップ! | ナノ
37

跡部はゆっくりと頷くと、タケル兄を見据えて尋ねた。

「時計台の歴史や風俗を知ろうとインターネットで調べたのですが、アニメの聖地になっただか駅前に新しい店ができたとかそんな情報ばかり出てきてしまう。何か良い方法をご存じないだろうか?」
「おや、中学生にしては珍しい。民俗学にでも興味があるのかい?」
「ええ、まあ」
「時計台は比較的最近になってから開発された地区でね、銀座や新宿に比べて新しい街なんだ。インターネットで調べるなら『斎掛(ときがけ)』と検索しなければ出てこないだろう」
「とき?がけ?」

思わずおうむ返しにして口を挟んだ。聞いたことがない。
頭を傾げると、タケル兄は胸ポケットからペンと小ぶりの手帳を取り出して、字を書いてみせてくれた。

「こう書くんだ。時計台の昔の名前さ。戦後の都市計画で開発が決まったときに、今風の名前にしようってことで時計台という名前に変わったんだ」
「どのくらい前の話なのですか?」
「名前が変わったのは40年前ほどかな」
「へえ……ぜんっぜん知らなかった。母さんからも聞いたことないし」

ときがけ。私はその言葉を心の中で噛みしめるように反芻した。何かひっかかるような気になる、不思議な響きだ。

「倉本の叔父さんたちが時計台に越してきたのは麻央ちゃんが生まれる少し前のことだからね、二人ともよく知らないんだと思うよ。そうそう、跡部くん、斎掛の昔話をまとめて知りたいならインターネットよりも郷土資料館の方が便利だと思うよ」
「郷土資料館?……学校からやや東にある、あれですか」
「そうそう。あそこには確か斎掛のことを扱った書籍がたくさんあった。貸し出しもできたはずだ」
「跡部、なんで場所知ってるの?」
「学校の場所を地図で調べたときに見かけたんでな」

私と跡部はまた素早く視線を交わした。これでまず最初にすることは確定だ。郷土資料館に行って、この街のことを調べる。もしかしたら神隠しや、それとは反対に知らない人が突然現れたといった昔話があるかもしれない。それが見つかればあるいは、跡部を元の世界へ帰すヒントになるかもしれない。
私はタケル兄からもらったペットボトルの冷えたお茶に口を付けてから、声のトーンを少し落として口を開いた。景色を見るふりをしてさりげなく周りを伺うが、先ほどK先生の話をしていた二人組はもういない。

「タケル兄、さっき、テニプリのK先生が音信不通とか言ってる人がいたんだけど」
「あー……確かにそんな話聞いたな」

音信不通だなんて大事だろうに、タケル兄は天気の話でもするかのように答えた。

「騒ぎにならないの?」
「そういえば誰も話題にしないね。ま、音信不通になる前に二ヶ月分くらいの原稿を先に出していったらしいだから」
「事件に巻き込まれたわけではなく、自分の意志で旅でもしているのではないか、ということですか?」
「うん。仕事熱心な先生だから特に心配はないと思うよ」
「そうなんだ」

原稿を二ヶ月分も先に描いていった。ということは、つまり自分が音信不通になることを予期していたということだ。彼が黒幕なのか被害者なのかは分からないが、やはりこの歪みに濃く関係しているようだ。

「麻央ちゃん、テニプリ好きなんだっけ?」
「うん。ハマり始めたのは最近だけど」
「そうかー、俺、少年マンガを担当したことないからK先生のことはよく知らないんだよな。残念ながら」
「あはは、そういう情報が欲しくて来たわけじゃないから大丈夫だよ。ねえ、跡部?」
「ああ。制服、本当にありがとうございました」
「いいって」

これは本心だ。大事な情報も得られたのだから。今後うまくいくかは分からない、でも、少なくともなすべきことの方向性は決まった。後はやれるだけやるだけだ。


(20160324)

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