バッドトリップ! | ナノ
36

私と跡部は顔を見合わせて黙りこくった。
K先生に会える見込みはほぼなくなった。K先生の居場所を私たちが自力で調査したところで、S社社員も知らない情報が得られるとは思えない。
私たちが体験しているこの奇妙な体験、世界の歪みに、K先生が絡んでいることはもはや間違いない。彼は黒幕か、被害者か、あるいは巻き込まれていることさえ気が付いていない第三者なのか。
跡部の目が「どうする?」と聞いてくる。適切な答えは浮かばない。
と、そこへ聞き慣れた声が響いた。

「ああ、いた。麻央ちゃん」
「あっ、タケル兄!」

久しぶりに会ったタケル兄は相変わらずのさわやかな笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。仕事柄かスーツは着ておらず、ジーンズにシャツというラフな格好をしていた。彼は対面のソファに腰掛けると、手にしていたペットボトルを二つテーブルに置いて私たちの方へ押し出した。

「去年の夏からだから一年ぶりかな」
「うん、お正月には会わなかったもんね。これ、お母さんから」
「おおー、ありがたく頂くよ。お礼を伝えておいてくれ。それで……えーと、そちらは?」

にこやかだったタケル兄は跡部を見たとたんぴたりと固まった。
おかしいな、跡部を連れて行くとタケル兄には伝えたはずなのに。そんな疑問を浮かべつつ隣の跡部を顧みたところで私はようやく気が付いた。
跡部、ヤンキーみたいなジャケットにサングラスなんだった!しかも癖なのか、ヤツは額に右手を当てて王様みたいに偉そうにソファにふんぞり返っている。これが中学生だとは誰も思うまい。
跡部は手馴れた調子ですっとサングラスをずらすと、そのまま軽くお辞儀をした。

「はじめまして、俺が跡部景吾です。お世話になります」
「ああ!君だったのか。……えーとゴメンな、大人っぽいから誰なのかと」

気持ちは十分に伝わってきた。うん、言葉を濁してるけど、大人っぽいからというよりチンピラっぽさと妙な迫力で中学生に見えなかったんですよねわかります。
タケル兄は気を取り直したように跡部に微笑むと、ちらりと私を見てからニヤッと笑った。

「ところで君たち、仲良さそうだけど付き合ってるの?」

からかうようなその口調に、思わず「なっ」と声を上げてしまう。もしかしたら私が跡部と顔を見合わせていたのをタケル兄に見られていたのかもしれない。あの時の私たちの内心はそれは深刻なものだったけど、傍からは見つめ合ってるように見えてもおかしくない。

「違うから!」
「そうです」
「え」
「アーン?」

隣から聞こえてきた発言に唖然として跡部の方を向く。跡部もまた驚いたような顔でこちらを見ていた。なんでだ!?
私は跡部のジャケットを掴むと男らしく引き寄せて必死で囁くように文句を言った。手が焦りに震える。

「ちょっと、何バカなこと言ってんのよ!」
「それは俺様の台詞だ、空気読んであわせろ!恋人でもねえのに相手の家に入り浸ってたり連絡取り合ったりしてたら余計に怪しいだろうが!」
「怪しまれたら怪しまれたでそのとき考えればいいじゃん!」
「バカ言え、不自然なことして『黒幕』に感づかれたらどうすんだ」
「そうだけど、でも!」

こそこそ言い争っているとタケル兄がぷっと吹き出した。

「いいなあ、初々しくて。麻央ちゃんのお父さんお母さんにはちゃんと内緒にしておくからさ」
「……お願いします」

諦めてそう答えたけど、違うんですってば。絶対誤解された。
タケル兄はクスクス笑いながら手にしていた大きな紙袋から平たい不織布の包みを取り出した。その頂点からはハンガーの頭が突き出ている。

「えーと、跡部くん。じゃあこれ、制服ね。見れば分かると思うけど上の方が夏服」
「ありがとうございます。大変助かります」
「捨てるのはもったいないと思ってたからちょうど良かったよ。跡部くんは最近時計台に来たばかりらしいけど、何か聞きたいことあるかい?学校のことでも地域のことでも」

私と跡部は素早くアイコンタクトをした。タケル兄は元は時計台の住民だし、おまけに大手出版社勤めだ。何かヒントになる情報を持っているかもしれない。


(20160322)

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