バッドトリップ! | ナノ
30

この話を早く跡部に教えたい。

授業が終わると私は速攻で教室から飛び出して斎藤さんちへ走った。直接行く方が早い。
ダッシュしたせいで息も絶え絶えになりながらチャイムを鳴らすと、ピンポーンと乾いた音が家の奥から小さく聞こえた。いち、に、さん、し。なんの物音もしない。
まだかまだかとソワソワしながら待ったが、しばらくしても誰も出てはこなかった。不安になって家を見上げると、古びた磨りガラスの窓ごしに薄暗く人気のない室内がぼんやり見えた。

斎藤さんは仕事で不在のはずだ。跡部も出掛けているのだろうか?

中を覗こうか、それともおとなしく帰ろうかとためらっていると、いきなり音もなく玄関の扉が開いた。

「うわっ!なんだいたの?いたなら早く開けてよね」
「……ああ」

返事が鈍い。私はいぶかしく思ったがすぐに異変に気がついた。跡部の顔はこわばっている。目は焦点が合っていない。

私は慌てて、ぼんやりしている跡部を押し込むようにして斎藤さんちに入った。そしてふらふらと居間へ向かう跡部の後を追い、声をかけようと居間に足を踏み入れた瞬間。
私は絶句した。

テーブルの上で倒れたままの空のコップ、床に落ちたボールペンとノート、絨毯の上に乱暴に散らばった、青いコミックス。――テニプリだ。

「……それ」
「ああ」

跡部はろくにこちらを見ようとしないまま、散らばる本の真ん中に座り込んだ。そしてうなだれる。

「読んだの?」
「ああ」

私は跡部の隣に座って、投げるようにして置かれているテニプリを一冊手に取った。適当にページを開いて見るとそれはリョーマ対伊武のシーンで、跡部が来る前に読んだものと全く同じ内容だった。
そう、同じだった。ただ跡部や氷帝の絡むシーンだけが「以前とは違う」ものに変化している。奇妙な歪み。

どう言ったらよいものか、声をかけあぐねていると、ぽつりと跡部がつぶやいた。

「本当だったんだな」
「何が」
「俺たちのことが、元の世界のことが『テニスの王子様』として描かれているってことだ」

そう言ったじゃん。そんな言葉が出かかって喉に詰まる。きっと、心ではなかなか信じられなかったのだろう。「あなたのことは漫画で読みました」だなんて。
かくいう私だって、いきなり知らないところに連れてこられて「あなたは漫画の登場人物です」と言われたところでとても信じられないだろう。
跡部は深いため息をついて、疲れたように続けた。

「全て読んだ。漫画の内容と俺がこっちに来るまでに聞いたこと、見たことが偶然にしちゃあ一致しすぎている。違うのは『俺様と氷帝の存在』だけだ」
「……うん」
「現実、か。本当に」

弱々しく言ってから、ようやく跡部は私の方を見た。大きく見開かれた青い目には不安と混乱が渦巻いていた。
跡部はしばらく黙りこみ、次いで唇を薄く開けたかと思うと今度は壊れた機械のように猛烈に語り始めた。

「斎藤さんがくれた資金が残っていただろう?それを使って今朝、全巻購入してきた。読めば読むほどわからねえ。目的はなんだ?誰の仕業だ?誰が書いた?越前のファンか?それにしては不自然だ。なぜ他校はそのままなのに氷帝だけ炎帝にした?俺様の存在を消した?なぜ氷帝レギュラーの人間関係まで詳しく知っている?忍足や日吉についても詳しすぎる。そんなことができるわけねえ。そんなこと、できるわけが」

跡部は唐突に言葉を切った。そして隣で座り込んでいる私を茫然と見る。

「なにが、どうなってんだ」

その言葉に対する答えは、まだ持っていない。

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