バッドトリップ! | ナノ
29

教室に入るやいなや、困惑顔のカナが詰め寄ってきた。

「なんかあった?」
「え?」
「なんで昨日からラインもメールも返してくれないの」
「あ」

そうだった。
忙しさのあまりほとんどスマホを見ていなかった。昨日跡部から電話がかかってきたときにわずかにスマホを触ったけど、宿題に追われていてラインを確かめることすら忘れていた。宿題が終わった後はどっと疲れが出てきてすぐに寝てしまった。
きっと心配させてしまったに違いない。

「ごめん、実はめちゃくちゃ忙しくて。夜もすぐ寝ちゃった。一言言えばよかったね」
「そっか、ならいいんだ。で?」
「ん?」
「ついに麻央もテニプリに興味が出たの?」

目をきらきらと輝かせた彼女に、私は一瞬返事に詰まった。興味が出たというかキャラが降ってきたというかなんというか。もともと私はテニプリを読んでいたけれど、大ファンというわけではなかった。そんな私が跡部に関わるようになるというのは不思議な話だ。

「まあね、もうちょっと詳しく知りたいなーって」
「やった!テニプリクラスタが増えた!」

無邪気に喜ぶテニプリ狂のカナに苦笑いする。
知らなければならない。何が起きているのか調べるために。跡部はテニプリの世界からトリップしてきたんだ。ということは「世界の歪み」は多少なりともテニプリに関係しているはずだ。

「ね、炎帝ってあるよね?」」
「都大会初戦で青学と当たったとこね。忍足かっこいいよね〜」
「あ、ははー……えーと、レギュラーは忍足、向日、宍戸、芥川、鳳、樺地、日吉だっけ?」
「大正解!あとは準レギュラーの滝さんと顧問の榊先生がいるよ」
「……その他には?」
「それだけ。後はモブキャラばっかりだね」
「……そっか」

私はさりげなくカナから目をそらして通学鞄から教科書を出した。
やっぱり、跡部景吾の存在が消えている。カナの記憶からも。わかっていたけど改めてショックだった。あんなにファンだったのに、忘れている。跡部景吾なんていなかったかのように。確かにいたのに。確かにいるのに。今、すぐそこに。

「完全実力主義の学校なんだっけ?」
「全然違うよー!もちろん実力主義のとこもあるけど、一番の特徴は部長がいないことかな」
「え!?そうだっけ、部長さんいなかったっけ?」

私は仰天して聞き返した。「氷帝」は副部長がいなかった。だが「炎帝」には副部長どころか部長さえいないらしい。そんなこと聞いたことがない。

「うん。部長なしで、レギュラー全員が話し合いで部を引っ張ってるんだよ」
「それは……大変そうだね」

適当に相づちを返しながら私は考え込んだ。「炎帝」は氷帝とはだいぶ違うらしい。単に「今までいた跡部がいなくなった」というだけではなく。
ということは、こっちの世界も「今までいなかった跡部がいるようになった」だけではなく、他にも変化があるということだろうか?
カナははしゃぎながら私の手をつかんでぶんぶん振り回した。

「麻央はツイッターやんないの?テニクラいっぱいいて楽しいよ」
「うーん、ツイッターはちょっとなー」
「作者さんもやってるし」
「作者さん?K先生だっけ」
「そうそう。キャラの絵をツイッターに投下してくれたりしてね」
「へえ」
「あれ?でもそういえば最近はあんまり見ないような」
「……え」

カナはポケットからスマホを取り出すと器用に操作し始めた。おい、学校はスマホ禁止だぞ、と思うがそれより気がかりなことがある。

──最近はあんまり見ない。作者のK先生を。

トントンとスマホを触ったカナは、画面を私に見せてきた。そこはツイッターのホームで、上部にはピースしている長身の男性のアイコンが写っている。これがK先生であるらしい。

「やっぱり。いつもはマメにツイートしてるのに、近頃は全然」
「それって、いつごろから?」

嫌な予感がする。
カナは指を滑らせて画面をスクロールする。

「んーと、10日くらい前からみたい」

10日前。私が初めて跡部と出会ったころだ。
予感的中。

それが、跡部のトリップと関係ないようには思えなかった。

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