バッドトリップ! | ナノ
27

跡部は余裕ぶっているが、怪しい。疑わしい。
ペリペリとタマネギの皮を向きつつ横目で様子をうかがっていると、跡部は「両手で」包丁を握った。そしてニンジンを目の前に、テニスをするかのように構える。

「え、ぎゃーっストップ!待って!」
「さあ、ショータイムの始まりだ!!」
「ちょっ、包丁をラケットみたいに構えるのやめて!こっち来ないで包丁置いてー!!」
「俺様の美技に──」

私はタマネギを放り投げて台所から全力で飛び出すと、居間に放置していた買ったばかりの料理本をつかんでダッシュで引き返した。なんせあの跡部だ。テニヌプレイヤーだ。包丁をラケット代わりに振るったら何が起きるか分からない。ニンジンが木っ端みじんになるだけならいいが、変な技が出て、勢い余って台所自体を破壊してしまいかねない!

「タイム!タイム!ターイム!」
「……なんだ、せっかくこの俺様が華麗なる料理を見」
「ほら。包丁はこう持って使うの」

私は料理本の最初のページを開いて、そこに載っている写真を跡部に突きつけた。
跡部はしばらく沈黙し、そして形のいい唇をへの次に曲げた。

「切れればいいじゃねえか」
「ダメ。型は大事だよ。ほらテニスだってそうでしょ。最初は型を覚えて、それから自分流にするもんでしょ」
「まあ、そうだな」
「あ、そうだピーラーがあるんだった。皮はこれで剥いたらいいよ」

跡部は不満げだったが、案外素直にピーラーで皮を向き始めた。
ピーラーなら安全だ。跡部は器用だから手を怪我することはあるまい。私はほっとしてタマネギを切り始めたが、そのとたん跡部が声をあげた。

「これはどうするんだ?」
「どうって、歯の部分をニンジンに当ててシューッと」
「それはわかってる。だがどこまで剥きゃあいいんだ?」
「え。あーっ!」

跡部の目の前には薄くスライスされたニンジンが山盛りになっていた。跡部が手にしているのはニンジンの細い芯だけになっている。
私は驚愕して切ったタマネギを握りしめた。どんだけ高速で作業をしたんだ!?というか、ニンジンが!

「ちょ、早い!っていうかニンジンの皮って!薄いもので!!」
「待て手を振り回すな!しぶきが飛ぶじゃねえか!」
「ごめん、でも……う、っくしゅ!」
「風邪か?……ッ!ックシ!んだこれは、目が痛え!?」
「大丈、夫、タマネギ、っくしゅ!を切ったらこうなるもので……ふえっぶし!」
「ックシ!ックシ!」

うっかりタマネギを持った手を振り回してしまったのがすべての敗因だった。涙がぼろぼろ出てろくに前が見えない。跡部もどうやら同じ状態らしくくしゃみを繰り返している。
ああ、野菜、もう一回洗った方がいいなあ。タマネギ切る前に換気扇かけとくべきだった。
後悔は先に立たないもので、私はぼろぼろと涙をこぼしながらティッシュを取りに再度居間に戻ることにした。


***


居間で、私と跡部は向き合って正座していた。

「……大変申し訳ありませんでした」
「俺も、悪かった」

頭を下げると跡部はバツが悪そうに顔をそらした。タマネギのせいでまだ涙目になっている。きっと私も同じだろう。
私はいたく反省した。一緒に料理をしようと誘っておきながら、超初心者の跡部にろくに指導もせずにカレーを作ろうとしてしまった。せっかく初心者向けの料理本を買ったのだから、それにしたがって基本に忠実に、着実に料理をすべきだった。それから、跡部のみならず自分自身も落ち着きがなかったと思う。

「あのね、せっかく跡部にぴったりな入門レシピを買ったんだからさ。二人でしっかり中を読んで、それに忠実に料理することにしない?」
「そうだな。俺様としたことが、つい焦っちまった。ところで倉本、どんな本を買ったんだ」

跡部は私の手からひょいと本をとりあげて表紙を見た。次の瞬間、跡部の額に青筋が浮く。

「アーン!?『サルでもわかる簡単レシピ』だと!?」
「え、あ、だって!それが一番簡単そうだったから」
「この本が俺様にぴったりだと!?」
「いいじゃん、私も読むんだし!」
「よくねえ!俺様がサル!?猿山の大将だと!?」
「そこまで言ってない。……もしかして向こうの世界で猿山の大将って言われてたとか?」
「……うるせえ」

跡部は私をジロリと睨むと忌々しげに本を開いた。そしてカレーのページを探し出して中を読んでいる。
私は「結局素直に読むのね」とツッコミたくなったが、言えば水を掛けることになりそうだったので大人しく黙っておいた。


2014/11

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