バッドトリップ! | ナノ
25

服屋やスーパーの時とは違って、跡部は本屋に入っても物珍しげなそぶりを見せなかった。慣れている。尋ねてみると、向こうの世界でも街の本屋にはよく行っていたのだとか。それなら本屋の仕組みを教える必要はない。

私は跡部を伴って真っ直ぐ料理コーナーを目指した。そして並んだ料理本の題名に目を通す。『60日分 基本おかず』『ヘルシー野菜料理を食べよう』『こだわりの和食』『どんぶりごはん』……。たくさん種類があって目移りしてしまう。

「ねえ、どれがいいと思……あれ!?」

さっきまでそこにいた跡部がいつの間にかいなくなっている。まさか迷ったっていうんじゃないよね。いやまさかまさか……まさか!?周りを見回しても跡部はいない。
私は慌てて店中を歩き回った。隣の手芸本コーナー。当然いない。文庫本コーナー。いない。漫画コーナー。いない。成人向けの、え、え、エロ本コーナー……にもやっぱりいない。ちょっとほっとした。さんざん探した私がようやく跡部を見つけたのは、店の出入口の横に小さくもうけられたスポーツ雑誌コーナーだった。

さっそく声をかけようとして、私は跡部が微動だにせず何かを読んでいることに気がついた。そっとのぞき込むと、テニスの雑誌であるらしい。
やっぱりテニスが好きなんだ。そう思ったのに、跡部の横顔を見た瞬間、私は息を飲んだ。


悲しみを宿した眼。苦々しく歪んだ唇。寄せられた眉には混乱が浮かび、雑誌を強く掴む手は微かに震えている。

こちらのテニスの世界はきっと、跡部が知っているそれとは全く違う。中学テニス界の状況はもちろん、活躍しているプロテニスプレイヤーの名前も、おそらくテニスの技や大会まで。

まざまざと『世界の歪み』を見せつけられて。跡部は今、一体何を思っているのだろう。

「あ……、跡部!あとべ!!」

跡部はハッと我に帰って慌てて雑誌を閉じた。そして隣に私がいることに気がつくとばつが悪そうな顔になった。
私はそんな跡部に言葉を失う。なんでそんな顔をするの。なんでそんな行動をとるの。私は、貴方の味方なのに。

「悪い、つい気になった」
「……うん」
「拗ねてんのか、アーン?」

ふざけたその台詞が、私を心配させまいとする気持ちから出たものだということが、すぐに分かってしまった。

「バーカ、この俺様がやるべきことを忘れるわけ」
「バカは跡部だよ、バーカ」

私は跡部の腕を掴むと、顔も見ずにきびすを返した。ぐいぐいと引っ張る。

「言わなくていいよ、わかってるから」

繋いだ手が熱い。
理解しているから。わかってるから。跡部の気持ちくらい。ずっと、一緒だから。跡部が元の世界に帰るまで。
跡部は料理コーナーに着くまで大人しくひっぱられてくれた。

「腹がへっては戦はできぬ。でしょ?」

振り替えって明るく言うと、眉をハの字にした跡部は「そうだな」と苦笑していた。

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