バッドトリップ! | ナノ
24

早めの昼食を終えた私たちは荷物を斎藤さんちに置いて、本屋に向けて再出発した。二人で並んでアスファルトを歩く。あっちが市役所、あっちが交番、そこにコンビニ、ここの犬は獰猛だから注意と簡単な案内をするたびに跡部は律儀に頷いていた。
9月下旬の穏やかな太陽に赤い落ち葉が二三枚、風に吹かれて微かに香る金木犀。
いつもの、普段通りの何気ない秋。

私は興味深げにあちらこちらを見回す跡部を横目で見た。

でも、本当は普段通りじゃない。確実に去年とは違う。「いるはずのない男」が私の隣にいるんだから。世界が、変わってしまった。

「倉本。今日は祭りでもあんのか。街の規模の割にはずいぶん人通りが多い」
「よく気がついたね」
「カメラを持ってるやつが多い。このあたりの人間じゃねえんだろ」
「うん、その通り」

公園の横を通って本屋のある商店街まで向かう間に、大勢の人とすれ違った。皆、パンフレットやカメラを片手に街並みを見て回っている。

「このあたりね、前にアニメの聖地になったんだ。そのアニメは結構人気が出て、休日にはファンの人が――」
「アニメ?」

跡部は不思議そうに頭をかしげた。私は跡部がなぜそんな反応を見せるのかすぐには理解できず、しかししばし考えて重大なことに気がついた。

……跡部はこう言ってなかったか?「同じ日本のはずなのに有名な人物にも土地にも知らない名前が多い」と。つまりテニプリの世界とこちらの世界にはズレがあるということだ。こちらの世界で常識となっていることや普通に存在するものでも、跡部は知らない可能性がある。
確かテニプリ原作でリョーマがTVゲームをしているシーンがあった。跡部に「漫画」という単語は通じた。だからテニプリ界にもTVゲームや漫画はあるのだろう。
だが、向こうにアニメはあるのか?もしかしたら跡部は、アニメというものを知らないんじゃないだろうか。

「跡部、アニメってわかる?漫画みたいな絵柄がテレビとかで動くんだけど」
「……おい。いくら庶民生活にうとい俺様でもそれくらいは知ってる」
「お、おおおおお!奇跡!」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ!だって繋がらないはずの世界が一緒で!同じものが同じ名前で!ファンタースティック!!」

私はそのまま喋り倒して言いたかったことを跡部に伝えた。はじめは私のはしゃぎっぷりに呆れていた跡部だったが、話を聞くにつれ興味深そうな表情に変化していった。

「アニメ?と聞き返したのは単に意外だったからだ。だが……お前のいう通りだ。世界にはズレがある。ここには跡部財閥がないどころか財閥自体もねえらしいな」
「調べたの?」
「いや、刑事や医者に聞いた。財閥がねえってことは、こっちとあっちでは歴史も多少異なるんだろうぜ」

跡部は肩をすくめた。

「日常生活はどう?向こうと同じ?」
「……庶民の生活をしたことがないからわからねえ」
「お、おう……」
「だが、特に違和感はねえな。向こうのドラマで見たのと似たようなもんだ」
「じゃあひとまず安心だね」

私は胸を撫で下ろした。こっちとあっちの違いが大きいほど、跡部にとっては負担になる。ストレスがたまるだろうし、周囲の人に変に思われないようにこちらの世界の常識も覚えなければならなかっただろう。だがその必要はあまりなさそうだ。

「どのくらい『違い』があるかわかる?まだわからないよね、退院したばかりだし」
「ああ。違いがどれほどあるかも『歪み』の調査と平行して調べるか」
「普通の人を装って生きるならそっちの方がいいかも」
「ああ」

いつの間にか止まってしまった足を再び動かして、私たちは本屋に向かう。
私は跡部と季節のどうでもいいような世間話をしながら、ふと、「テニプリの世界とこっちでは料理は同じなんだろうか」と思った。

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