バッドトリップ! | ナノ
20
お金持ちのお坊っちゃんなんだから嫌がるかと思いきや、ここでも不満より興味が勝ったようだった。跡部は表情こそあまり変わらないが、大型スーパーの店内でキョロキョロしながら好奇心に目をきらきらさせている。
せっかく跡部が楽しんでいるんだからゆっくりしよう。先行していた私が歩調を緩めて跡部の隣に並ぶと、彼は腕を組んで満足げに頷いた。
「ほう、調理器具、バス用品、靴、鞄、文具。なんでも屋みてえだな。これが庶民の知恵か」
跡部はこの世の真理を見つけたと言うかのようにうんうん頷いている。私はなんと言ったらいいものかわからなくて沈黙した。
なんか勘違いしてない?というか、一応同じ日本人のはずなのにまるでアラブの王子みたいな物言いだ。そんなにカルチャーショックか。
「斎藤さんと同程度の所得層はこうして暮らしているのか。フン、なるほどな。ようやく合点がいったぜ」
……跡部は、庶民の生活が今まで全く想像できていなかったらしい。
私はそのお坊っちゃんっぷりに呆れたが、跡部の口角には隠しきれない笑みが浮かんでいるのを発見してしまって、不意に可愛く思えてしまう。
「跡部って中学生なんだね」
「アーン?」
「だって、大人びてて大学生みたいだって思ってたんだもの。でも意外と可愛い」
「な」
思わずクスクス笑ってしまう。跡部は目をくわっと見開くと眉間にシワを寄せた。
「……俺様は大人だ。それに可愛いと言われても嬉しくねえ」
「ふーん、ムキになるとこがまた可愛いねえ」
ニヤニヤしていると、跡部は一層眉間にシワを寄せる。が、突然、跡部はニヤリと笑って私の耳に口を寄せた。
「俺様の上半身を見たくらいで真っ赤になってたやつが言える台詞か?アーン」
「なっ」
血が上ったのがわかった。
「せ、せ、セクハラ!」
「事実を述べたまでだ」
「だから何!十分セクハラだから!セクハラあとべ!バカ部!」
「クク、焦んなよ」
「うるさい、私だって学校で――」
そう、私だって男子の上半身くらい見てる。プールで見るし、クラスの男子なんて暑けりゃ脱ぐ。
……あれ、私、じゃあなんで突然脱いだ跡部に焦ったんだろ。
勢いに任せて抗議したものの、二の句が継げなくて口をぱくぱくさせてしまう。ますます顔が熱くなる。
なんで?不意討ちだったから?至近距離だったから?それとも、美形の跡部だったから?……ええいもう!
「もー!バカ!知らない!」
「フッ」
「知らない知らない!この先は一人でね!予算は守ってね!」
お金の入った袋を跡部に押し付けると、跡部はとたんに焦りだした。
「おい」
「何よ」
「そこまで怒らなくてもいいだろうが」
「え?」
「あ?」
沈黙。何やら話が噛み合わない。私はどもりながら説明した。
「え、いや、そういうわけじゃ……でもさすがに一人で頼むね」
「やっぱり怒ってるんじゃねえか」
「怒ってないから!っていうか無理でしょさすがに」
「からかいすぎたか」
「いや、だから違うって!……っていうか跡部、私が女だってわかってる?」
ポカンとした跡部にイラッとくる。なんなんだ跡部は!失礼だ!確かに私は可愛くないし跡部家のメイドさんみたいには気も効かないけどさ!
「キー!むかつく!やっばり怒る!女扱いしてくれたっていいじゃん、料理できないけど!」
「お、おい!落ち着け!話が見えねえ」
「私が、私が、選べるわけないじゃん!」
「アーン!?……あ」
跡部はようやく、自分がどこにいるのか、何を買いに来たのか思い出したようだった。
私が、同級生男子――跡部のパンツなんか選べるわけがない。
20141003
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