バッドトリップ! | ナノ
19

ベンチにどさりと座り込む。顔があげられない。息苦しくて肩が上下する。

「ちょ、と……早……ぜえ」
「もっと鍛えろ」
「う、……はあー」

呆れたように運動不足を指摘する跡部は呼吸が全く乱れていない。一方の私は跡部に反論する余裕さえない。深い呼吸を何度も繰り返して、私はようやく握りしめていたお釣りを財布にしまった。心臓が悲鳴をあげている。
あんなに急いで、どうしたっていうんだ一体。……まさか、彼女に跡部の正体がバレたってわけじゃないよね?

「あ……の、ふへえ、なんで……急に」
「おい、倉本。お前な」
「ん」

ようやく呼吸が整ってくる。顔を上げると、跡部は私の目の前に仁王立ちになって、不愉快そうにこちらを見下ろしていた。

「この俺様が気づかないとでも思ったのか?」
「うえ?」
「お前の気持ちにだ。どうせあの女に嫌味でも言われたんだろうが」

息を飲んだ。せっかく整ってきた呼吸がまた乱れてむせそうになる。跡部は私たちの会話を聞いていなかったはずなのに、なんでわかったんだろう。
跡部は目を細めて舌打ちをした。

「チッ、やはりな」
「でも、私のことは気にしなくてもよかったのに。私とは相性が悪くても跡部とは」
「ふざけんな」

きつい口調で叱られた。跡部は怖い顔をしているのに、真剣に怒る彼の様子にじわじわと心が暖まってくる。心配してくれたこと、彼女の正体を見抜いてくれたこと、そして何より私の気持ちを優先してくれたことが素直に嬉しかった。
しかし、続く跡部の言葉を聞いたとたん、今度は別のモヤモヤとした感情が沸き上がってきた。
跡部は苛立たしげに言う。

「ああいう女は好みでもない」
「好み」

私は自分の気分を持て余して、こっそり息を吐いた。思えば雑賀内さんに対する跡部の声は割とぶっきらぼうだった。
けれども、もし……、もし、雑賀内さんが跡部好みの女の子だったら。そしたら跡部は、私と彼女の仲が悪いことを知っても彼女と親しくすることを望むのだろうか。

「第一、それどころじゃねえ。俺はそのうち帰る身だ」
「……うん、そうだね」

もし跡部がこの世界の人だったとしたら。そしたら、いくら跡部でもあれほど可愛らしい彼女に夢中になったんだろうか。ただの友人である私を放っておいて。そして、メアドでも交換して、仲良くなって、恋をして、そしていつか――……

黙っていると「気分が悪いのか?」と跡部が顔を覗き込んできた。
私は慌てて頭を振って雑念を振り払う。何考えてるんだ、私。そんなの跡部の自由に決まってる。仮に跡部が恋人を作ったとしても、私たちの友情は変わらないはずだ。
今この世界で私と跡部は二人だけの秘密を持っている。そして一緒に頑張ろうと決めた。でも、だからといって私が跡部の一番の特別である必要はない。くだらない独占心。

「ん、大丈夫だよ。次は靴下とか肌着類を買わなきゃ」
「どこで買うんだ」
「値段からするとスーパーがいいかな。百貨店もあるけどちょっと高くて」
「スーパーは食料品の店だろ」
「大型スーパーなら服や布団から掃除道具まで何でもあるよ。このあたりなら電車でひと駅のとこにあるんだ」
「ほう、そうか。ならそれでいい」

私はゆっくりとベンチから立ち上がった。最後にもう一回深呼吸をする。

「ねえ、跡部。ありがと」

跡部は猫のように、無言のままきゅっと口角を上げて見せた。


20140930

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