バッドトリップ! | ナノ
14
肉が固いだとか魚の鮮度が悪いとか、てっきりそんな不満を言われるのかと思っていた。ところがこの展開である。
私は写真に目を近づけて、その料理(っぽいもの)をよくよく見た。ニンジンらしき物体があるのは分かったが、逆に言えばそれしか分からない。
「あのー、跡部。なにこれ?」
「野菜炒めだと言っていた。やたら硬え、焦げ臭え、味が濃すぎる。斎藤さんが作ったもんだが当の本人もマズいとぬかしやがった」
跡部は遠い目をしている。私の口からは勝手に乾いた笑いが漏れた。確かに斎藤さんは料理が苦手だと言っていたが、まさかここまでとは。私は体が大きな斎藤さんを思い浮かべた。彼の体は炭素でできてるんじゃなかろうか。
「……お惣菜を買ったら結局高くつくしね」
「倉本、いい案はないか?」
跡部は必死の形相をしている。冗談ぬきに命がかかっているのだ。
「跡部は料理できないの?」
「ああ」
「そんなあっさりと!斎藤さん薄給っぽいし、もらえる補助金も少ないだろうから自炊するしかないと思うんだけど……あ」
さすがに黒こげの食事は改善せねばなるまい。そして、我が家からこの家は徒歩5分。
「私が教えればいいんだ!」
意識を飛ばしていた跡部はようやく戻ってきた。
「倉本は料理できるんだな、アーン?」
「目玉焼きならバッチリ」
「……」
胸を張って言うと、跡部は真っ白になった。やばい希望を持たせねば!私は慌てて手を振った。
「いや、確かに得意なわけじゃないけど!調理実習ではちゃんと作れてるし、レシピ見ながら一人で肉じゃが作ったこともあるよ」
「できるじゃねーの」
「跡部の口に合うかは分かんないけどね。いま部活ないから、放課後一緒に作らない?それなら跡部も料理覚えられるでしょ」
「わかった。それで頼む」
昨夜の食事が相当トラウマになっているのか、跡部はほっとした顔をした。私はそんな彼を見て、また不思議な気分になる。
気持ちが顔に現れていたのか、跡部はいぶかしげに私を見た。
「アーン?なんだ」
「や、なんかさ、跡部ってけっこう普通なんだなって思って」
跡部はますますいぶかしげだ。私は正直に話した
「もっとこう……いっつも偉そうでどうしようもない感じなんだと思ってたんだよね、実は。でも今は謙虚だし素直だし。いつも自信満々な顔なのかと思ってたけどそうでもないし」
そう、意外と跡部は表情豊かで、何よりそれが私には意外だった。
跡部は一瞬黙ると、苦笑した。
「まあな、間違っちゃいねえよ。だが肩書きも金も、今まで持っていた全てを失ってここへ来て……あらゆる絶望を味わった。俺は一人ぼっちで、どうしようもないのだと……そんな中で今がある。
俺にとっちゃお前は救世主のようなものだ。素直にもなる」
跡部は私の顔を覗くようにして言う。自分でもわかるくらい顔が赤くなったのがわかった。大したことをしてないのに、そんなストレートに伝えないで欲しい!
私は恥ずかしさのあまり俯いたが、跡部に顎を掴まれて上を向かされた。
「ぐえ」
「色気ねえな」
「やかましい」
跡部はいつの間にか「跡部らしい顔」――自信満々で、しかも少し意地悪な顔をしていた。
「だまされた!やっぱり跡部だ!」
「クク、当たり前だ」
「こっちくんな見んな」
「残念だったな」
「うぎー!」
私は火照った顔を冷ますように暴れたが、跡部は私の顔を掴んだまま、くつくつ笑っていた。
20140913
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