バッドトリップ! | ナノ
12

翌、日曜日の朝、斎藤宅。
しんとした家の中、傷だらけの大きなちゃぶ台を挟んで私と跡部は向かい合っていた。茶色くなった古い畳はやや毛羽だって、座ると素足がチクチクする。

「……おい」

私は腹に力を込めた。そのとたん、跡部の額に青筋が浮く。

「笑うな。バレてんだよ」
「……ぶふっ」
「チッ、仕方ねえだろ!」
「ぐ、ふふっ、ごめん」

私は笑いが堪えきれなくなって、ゲラゲラ笑いながら跡部に謝った。
目の前の跡部は襟首がびよんびよんにヨレたぶかぶかのジャージを着て、古い日本家屋の床で胡座をかいているのだ。どうやら斎藤さんの古着を借りたようだが、そのヨレヨレ加減があまりにも似合わない。

「だって、似合わなくて」
「お前な」

跡部はイラッとした面持ちで立ち上がりかけたが、いきなり中腰で固まった。珍しくしょっぱい顔をしている。
私は異変を感じて笑いをひっこめた。体調が悪いのだろうか。もしかしてこの世界へ来た衝撃で頭部にダメージがいったのだろうか。
しかし跡部はどさりと腰を下ろして一つ呻いた。

「腰が痛え」
「ちょっと大丈夫?もしかして道路に倒れたはずみでぶつけた?」

私は慌てて跡部ににじり寄ったが、続く彼の言葉に唖然とした。

「いや。……ベッドだ」
「は」
「正確にはベッドではなく寝床だが、床が硬え」
「ああ」

お坊っちゃま育ちの跡部のことだ、きっと寝るときはいつもスプリングの効いたふかふかのベッドで寝ていたに違いない。
ところがここへ来て煎餅布団だ(たぶん)。病院のベッドよりも固いであろうそれは、庶民生活に慣れぬ跡部にはきつかったに違いない。
私は力ない様子の跡部に深く同情した。跡部の場合、まず庶民生活に慣れるのにも一苦労なのか!

「跡部、向こうむいて。さすったげるから。あんまり効かないかもだけど」
「悪いな」
「いーの、笑った詫びってことで。……それで本題だけど」

跡部の腰を上下に擦りながら訪ねると、彼はひらりと茶封筒を降った。

「これで当面必要なもんを揃えろ、だとよ」
「あー、それを手伝ってってことね。斎藤さんは来ないの?今いないみたいだけど」
「別件で仕事だそうだ」
「大変だねえ、刑事さんは」

私は跡部から封筒を受けとると中を覗いた。諭吉さんが何枚か入っている。

「で、何を買うの?」
「分からねえ」
「……はい?」

ぽかんとして思わず手を止めると、跡部は腰を押さえながら振り返った。口がへの字に曲がっている。

「身の回りの事はすべてメイドに任せていたからな。何が最低限必要なのかわからねえ」
「…………。まずは湿布でも買おうか」

私は額を押さえた。買い物リストを作るところから手助けが必要らしい。今朝斎藤さんからメールで頼まれてここへ来た私だが、課された仕事は予想以上に責任重大であるようだった。


20140909

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