今日は朝から夜だった | ナノ
 (小話)

「では私が返しておきますね」
「えっ、申し訳ないですし、大丈夫です!」
「構いませんよ、ちょっとしたお詫びです」

俺は本を抱えてそいつの横を通り過ぎるとき、さりげなくポケットから生徒手帳を刷り取った。抱えた本を所定の位置に戻すついでに、周囲に誰もいないことを確認して生徒手帳をじっくりながめる。
まじめな顔をして正面を向いている地味な女の写真と、「1年E組 湯川名前」の文字。
やはり、嘘だった。名前も、組さえも。
戻ってみると、女はやたらと挙動不審になった。

「どうしましたか?」
「あの、その」

動きにあわせて、生徒手帳をそっとポケットに返す。
この挙動不審ぶりも演技か。中身がどんなやつなのか、楽しみじゃのう。
内心は高揚感と興奮で満たされていた俺は、純粋そうな不思議そうな表情を取り繕った。


***


昨日の放課後から、柳生はおかしくなった。本人は普段通り振る舞っているつもりだろうが動きがぎこちない。昨日はそっとしておいたが、一夜明けたこの朝練までこんな調子である。俺が柳生の視線を感じてそちらを見ても、やつは慌てて目を反らすばかり。だがその横顔からは俺に何か尋ねたそうな空気が醸し出されていて、その様子に俺はピンと来た。
あのことに違いない。柳生を騙しきることには失敗したらしい。他のやつはころっと騙されたというのに、さすが柳生じゃ。
俺は警戒心もなく逃げる様子もなかったあいつを思い出してますます愉快な気分になった。

「仁王くん、やけに機嫌がいいですね」
「プリッ」

タイミングよく柳生が話しかけてきた。俺はドリンクをあおると振り返ってニヤリと笑って見せた。柳生に近づき、隣に立つ。

「まあな。ちょっとええことがあってな。それにしても柳生、俺に隠していることでもあるんじゃないのか」

柳生が一瞬ぐっと詰まると、やれやれといったように頭を振って、少し困ったように話し出した。

「分かってしまいますか。仁王くん、私は、人を疑うのは良いことだとは思いません。しかし……」

なるほど、柳生は疑いと良心の間で揺れていたようだ。
俺は柳生の言葉に頷きながら「あの日」のことを思い出していた。柳生のふりをして図書室にいく。そしてその場であの女を探す。ただそれだけのつもりだった。だが図書室の1階をぐるっと見て回ったところで、運悪く柳生の友人、それも俺のよく知らない男子に声をかけられてしまった。適当な会話を交わしたが、そいつには俺の正体がばれていなかったようだった。

「昨日、図書室で同じクラスの佐々木くんと会いました。彼は私が本を返そうとしていたのを見て、『もう昨日借りた本を読み終えたのか?ずいぶん早いな』と言ったのです」

ビンゴ。あの男は佐々木という名前らしい。

「妙だと思いました。疑問に思い佐々木くんと話をしてみたところ、彼は一昨日、図書室で私と会ったようなのです。一昨日は本を借りていませんし、それどころか図書室にすら行っていません。ドッペルゲンガーなんてあり得ない。彼が『私』と会話をしたとなれば別人と見間違えたわけでもあるまい。しかし私にはその不可思議な事態の説明が、できる気がしたのです。私の声を誰よりも上手に真似る、背格好も似た人物が」
「プリ。ばれたか」

俺がニヤリと笑ってみせると、柳生はほっとしたような困ったような複雑な表情を浮かべた。
してやったり、といった気分だったが、俺は柳生のそのばつの悪そうな顔を見たとたんきまりが悪くなった。とても気持ちの良い経験ではなかっただろう。

「すまん」
「構いません、しかし」
「迷惑はかけんようにする」
「それは分かっています」

柳生は煮え切らない様子だった。不快であるというよりも不可解なのだろう。少しだけ、のつもりだった。だから柳生にも内緒にするつもりだった。だが今となっては事情を明かしてしまった方がいいに違いない。

「柳生、この前話した女のこと、覚えているか?俺が水を掛けた、下級生の」
「ええ」
「逃げられている、気がするんじゃ」
「は?」

だから、変装することにした。


(20140105)

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