紅龍の花 | ナノ
梅林

やや早い学年末テストが終わり、残す登校日もあと少しとなった。テストの開放感に任せて友達と今度遊ぶ約束をして、私は学校から直接あの梅林へ向かった。お母さんが言っていた通り、まだ梅は咲いていた。だいぶ散ってしまって満開からはほど遠いがそれでも十分だ。
道ばたに自転車を止めて梅林を歩く。見渡す限りの赤い梅花、黒々とうねっている幹、木々の隙間から差し込む薄い光。絵の具のように地面を染める赤を踏んで、先へ進む。林は南へ向かって少し傾斜している。
どうってことはないただの梅の林だ。花以外に見るものもなく特別な観光名所でもない、あまり特徴もない。せっかく来たけれど普通すぎて記憶を呼び起こすことは何もなかった。昔来たのは本当にここだったっけ、と思ってしまうほどに。足を止めて深呼吸をする。ここで梅の香りが漂ってくれば素敵なのだけれど無臭で残念だ。

風がまた梅を一群れ散らして、去る。

耳を澄ませるとどこからか足音が聞こえた。誰かいるのだろうか。花の盛りを過ぎてあとは散りゆくだけの梅を見に来た変わった人が。林は案外木に遮られて周囲が見えないらしい、目をこらして首を巡らせると、傾斜を下った先にちらりと人の洋服が見えた。
好奇心に任せて近づくと、それは身長の高い男の人だった。彼はときどき空を仰ぎながらゆっくり歩き、やがて赤の先に消えていった。

こんな人もいるんだな、と自分も続いてそちらへ歩く。花弁に紛れて何か白いものが見えた。地表から盛り上がった木の根に寄り添うようにそっと落ちている。

「ん?」

よく見るとその白は扇子だった。さっきの男の人の落とし物だろうか、しゃがんで拾い上げる。目の前に持ってくると、ふわりとお香のようなかおりが漂った。黒檀製なのか骨は漆黒の木でできている。扇面は模様の入った和紙。くるりと表にひっくり返すとそこには筆で俳句が書かれていた。


風に乗り 梅の散る様 赤き龍


「赤き龍?」

まさに、気になっていたことだ。自然と眉が寄るのが分かった。
いい歌なのかどうかは全く分からないけれど、この歌は奇妙だ。たぶん風に散った梅の花が赤い龍のように見える、という意味なのだろうが、全然似ていない。梅はこぼれた瞬間から不規則な動きをして、ばらばらな軌跡を描いて地面に落ちていく。龍らしいところなんて一切ない。どこが龍なんだろう?
夢に見た蓮二と赤い龍を思い出させられるけれど、あれはあくまでも夢だ。あんな風に梅が群れを成して龍のように空を舞うなんて聞いたことがない。

私はその扇子の根本を軽くハンカチで包んで、梅の木の又にひっかけた。こぼれた梅の花弁も一つ添える。ちょっとは扇子にふさわしく風流になった。ここなら見やすいし濡れないだろう。ハンカチは帰ってこないだろうけど安物だし、まあいいか。それよりもこの高そうな扇子を裸のまま置いておくことの方が気が引ける。

最後に蓮二とあったのは、たったの4年前。それでももう遠い昔のことのようだった。


--
(20120725)

[back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -