紅龍の花 | ナノ
曖昧

「うううー気になる!記憶をはっきりさせる乾汁とかないの」
「そんな便利なものがあったら俺は今ごろ億万長者だぞ」

白い閃光がさっと窓から入ってきた。遠くからどんどん、と低く太鼓を鳴らすような音が聞こえる。窓がカタカタ鳴る。雷が落ちたらしい。


「千香はこんな日に朝からどこへ出かけていたんだ。顔にあたったのがふんどし程度だからまだ良かったようなものを」
「ちょっと神奈川までね。真田くんていう居合いの知り合いから弟がジャージを借りてたから」
「もしかして、立海大の真田か?」
「うん。なんで分かったの?知り合い?」
「知り合い、というか中学テニス界では有名だからな」
「そうなの?立海がすごく強いってことは知ってたけど。去年の優勝校だよね」
「ああ。立海大附属中には三人テニスの強いやつがいて、真田と」

ふいに貞治の声が遠くなって、ざあーっというノイズにかき消された。外を見るとまるで台風の日のように景色は荒れ狂っていた。空は黒く力強くうごめき、まださして葉もつけていない木々が大きくたわんでいる。携帯の電波も乱れるはずだ。

「もしもし?」
「もしもし、聞こえるか。もうそろそろ電話もつらいな」
「切ろうか。ありがと、貞治」
「役に立てずすまない、またな」

電話を切るとさっきまで気にしていなかった風の音がますます大きく感じられた。電気を付けていない部屋は薄闇につつまれていて、それもまた、何か懐かしい気がする。
何も分からずじまいで拉致があかない。私は机に携帯をおいたまま、ベッドに倒れ込んで仰向けになった。目をつぶって開けて、また開けてつぶって。頭をのけぞらせると、本棚の上に置いてある熊のぬいぐるみが目に入った。古いぬいぐるみ。ほんとにちっちゃいころにお父さんがくれたんだ。その熊はちょこんと座っている。手に、梅の造花を持って。
そういえばあれは、あの花は蓮二がくれたものだ。蓮二は突然引っ越していってしまった。それは本当に突然のことで、事情がいろいろあったのだろうが、小さくて道理のよくわからぬほんの子供だった私にはショックだった。その蓮二がちょうど引っ越す直前にくれたのがこの花だ。誕生日でもなければホワイトデーでもなかったのに、なぜ彼がくれたのか、なぜ素直に受け取ったのかよく覚えていない。けれど、深い紅色の奇麗な造花だった。

いつの間にか、色あせてしまったな。もう赤とは言えない色になってしまっている。当然だ、あれからもう何年も経つんだから。
今ごろ蓮二はどうしているのだろうか。


(20120604)

--
柳誕生日おめでとう!

[back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -