紅龍の花 | ナノ
旧友

机に頬杖をついて、体が上下するほど大きなため息を吐いた。真田家から帰ってきてから早3時間、頭の中を駆けめぐるのは顔にぶつかってきた赤ふんどしのことばかりだ。……そう言うと変人みたいだがそういうわけではない、断じてない。ふんどし自体が気になるのでも気に障ったのでもなくて、あれが私に何かを思い出させる。私の頭上ずっと高いところを、風の中を泳いで身をくねらせる深紅。その何かは懐かしく、同時に痛くて、嬉しいのか悲しいのか、様々な思いを飲み込んで胸を締め付ける。いったいこれは何なのか。たぶん子供の頃の記憶なのだけど、それが本当に見た光景なのかそれとも映画か何かのワンシーンなのかさえも思い出せない。この気持ちが何なのか、自分にとってどういった意味を持つのか分からない。ただなんとなく、とても大切な記憶だったのではないかと思う。
窓が強風に煽られてガタガタと鳴っている。でもそんなことだってどうでもよく思える。何度目か分からぬため息をついたそのときに、肘の横に置いていた携帯がけたたましい着信音を歌い始めた。

『From: 乾貞治
Sub: Re:聞きたいこと
久しぶりにメールをよこしたと思ったら、これはまたずいぶんな質問だな。今電話してもいいか』

携帯に掛けると丁度3コール目で彼の声が聞こえてきた。

「やあ。近所同士で電話というのも何だが」
「そっち行こうと思ったんだけど、今風が強いし」
「ああ、やめた方がいい。もうそろそろ家の外に出るのは危ない」
「うん」
「さて、本題だが」

乾貞治と私は、小学校が一緒だった。だが貞治は青学学園中等部に、私は氷帝学園に進学したから会う機会がぐっと減った。土日にすれ違うことがあっても彼は部活で忙しそうで、少し立ち話をするくらいだ。年を重ねても不思議なことに貞治との関係はあまり変わらず、異性に対する遠慮などなかった。未だに話もしやすい。貞治が冷静な性格で、怪しげな汁を作ったりデータマンだったりと「普通の男の子」とはひと味もふた味も違う存在だったせいかもしれない。

「子供のころに町内会で相撲大会をしたことはない。それから昔も今も、このあたりに赤いふんどしを製造している店もないぞ」
「じゃあさ、赤ふんどしを干している家は?」
「記憶にないな。なぜこんな妙な質問をするんだ?」

私は言葉に詰まった。赤ふんどしを顔に喰らったなどとはあまり言いたくない。しかし説明しなければ先には進まない。どもりながら口にすると、彼は全く声色を変えず「ふむ」と相づちを打った。

「もしかしてお前の記憶にあるのは、ふんどしではなくタオルや布など他のものだったのではないか?」
「うーん、そうなのかな。じゃあ赤い鯉のぼりばっかりが泳いでいたとか、赤いスカーフを投げる行事があったとか、そういうのあった?小さい頃」
「俺の知る限り、ないな」
「やっぱそうだよね、私も覚えにないもん」

脳裏にあるのは、龍のように舞う赤いもの。それだけだ。


(20120629)

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