紅龍の花 | ナノ
花弁
「真田くん、本当にありがとう。これ母から差し入れです」
「何?気にせずともよいものを、すまないな」
「口に合うといいんだけど」
お礼に持って行けと持たされた手作りお菓子と、ジャージの入った紙袋を真田くんに差し出す。大きな手に荷物を渡したとき、彼は「それは」と小さくつぶやいた。見れば片眉を上げている。
「斎藤、その赤い布はどうしたのだ?」
「さっき飛んできたのを拾ってね。洗濯物だったみたいだし、捨てるわけにもいかなくて」
「見せてくれないか」
彼は私からそれを受け取ると両手で持って広げた。と、手ぬぐいの両端から長く赤いひもが二本、ひょろりと下に垂れた。彼は一瞬顔をしかめてから今度は「やはり」と言う。
「あれ、ひもがついてる?」
「斎藤、これはふんどしだ」
「は」
言葉の意味が理解できず硬直する。ふんどし。フンドシ。褌。赤い、ふんどし。ふん、どし?
「ええっ!ふんどし?まさか!なんでそんなものが!?」
「端の一部が黒い糸になっているからな、間違いない、俺のだ。昨日新品をおろして洗っておいたのだ。そう言えば取り入れるのを忘れていた」
私は言葉を失った。なんでふんどし。履いてるのか。いやそんなこと知りたくなかった。少し気になるけど。私が顔に喰らったのはふんどしだったのか。なんということだ。女としてはちょっとショックだ。新品だったのは幸いか。使用済みではないのだ。いやそうじゃないそうじゃない、そういう問題じゃない!
しかし、よく考えたところでどこから突っ込んだらいいものか全く分からなかったので結局質問するのは諦めた。
「ありがとう、感謝する」
「い、いやいや。丁度良かった。私、そろそろ帰るね」
「ああ、気をつけてな」
「ありがとう、またね」
風がさっきよりも心なしか強くなってきている気がする。西の方では暴風雨になっていると朝聞いた。関東が嵐に見舞われるのは夕方になるそうだ。それでも用心するに越したことはない。真田くんに向かって頭を下げると私はきびすを返した。門から出て右へ折れると、長身の男性がすれ違いに真田家へと入っていった。客人か。ともかく邪魔にならないで良かった。
数歩歩いたところで視界に赤いものがちらりとかすめた。またふんどしじゃないだろうな。妙なことを考えながら目をやるとちらりちらりと小さく赤いものが舞っている。
紅梅のはなびらだった。
見渡してもあたりに梅の木は無い、どこからやってきたのか一枚、二枚、また一枚とそれは舞い降りてきた。風は強いというのにまるでそよ風に乗っているかのように、ふわり、ふわりと舞う。梅のようで梅ではない懐かしい香りが聞こえる、そんな気がした。
(20120430)
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