紅龍の花 | ナノ
慮外

風に乗り 梅の散る様 赤き龍

身をくねらせて空へ舞い上がった赤い龍。高く高く、ぐんぐん小さくなっていくそれを呆然と空を見上げていたわたしの耳に、隣にいた男の子のつぶやきが耳に入った。そのリズムには聞き覚えがあった。確か、日本の歌なんだってお母さんが言っていた。

「たんか?じゃないや、はいく?」
「そうするつもりだったけど、たぶん俳句にはなっていない。べんきょう中なんだ」
「ふうん……?」

わたしは男の子から再び空へ目を移した。しかしその時には、既に赤い龍の姿は消えていた。もう、行っちゃったんだ。ざんねんだ。混じり気ない青い空を見つめていると、目の端にひらひらと赤いものが舞った。それを目で追うと地面にたどり着く。風が去った後にもまだ地面に梅の花びらが残っていた。わたしはしゃがんでそれを一つつまんだ。真っ赤よりも明るい紅。
男の子はいくぞ、と言って、わたしの肩をたたく。わたしは興奮を押さえきれず、しぶしぶ立ち上がって彼について行く。

「うそみたい。ドラゴンみたい。うめの花?」
「まさか。赤い布かなんかだろう。うめはそんな風に飛ばない」
「えっ」

むっとして男の子の顔を見ると、彼は額にしわを寄せて難しい顔をしていた。そんなことあるはずない、と強い口調でムキになって言い重ねた。

「あんな風に、むれになって飛ぶはずがない」
「でも、そうだったじゃん」
「見間違えだ」
「……。今そういう、はいく?読んだじゃん」
「それはただのたとえだ」
「そんなことないもん」

そうこうしている間に、いつの間にか梅林を抜けて、目の前にお母さんと知らない女の人が立っていた。

「千香!」
「蓮二、どこへ行っていたの」

わたしはお母さんに抱きついて、そして、今見たことを一生懸命話したのだと思う。その後でお母さんにしがみついたまま見た男の子は、相変わらず難しい顔をしていた。



***


時間が止まってしまえば良かったのに。そうすれば、にこにこ笑ってまた遊ぶことができたかもしれない。でも聞かなかったふりをするにはもう遅くて、時間は無慈悲にも先へ先へと進んでいく。蓮二の顔を見ることができない。
蓮二は背負っていたラケットバッグから扇子を取り出して広げて見せた。つたない字で書かれた五七五の言葉。私が拾ったあの扇子だ。

「貞治と同じように適当でありながら、お前には妙に丁寧だったり風流だったりするところがあって子供のころから不思議だった。誰のものとも分からぬ扇子を千香がハンカチで包んだと知って、俺はお前の変わらぬ気遣いが嬉しかったんだ。久しぶりにお前に会って感じたのは懐かしさと嬉しさだ」

もう聞きたくない。分かっている。子供のころの気持ちを忘れるなと言う方が傲慢じゃないのか。初恋は叶わぬものだと言うではないか。

「俺は、俺に気がつかないお前をからかうつもりだったんだ。ただそれだけのつもりだった。ところが、だ。いつの間にか昔のように関係が強くなっていった。不思議なものだ」

にゅっと手が私のあごに伸びてきて、無理矢理上を向かされる。私は瞠目した。蓮二が、苦笑してる。笑うときはいつも微笑むように、あるいは意地悪そうに笑うだけだった蓮二のこんな顔は見たことがなかった。私の知らない蓮二がそこにいる。
胸が詰まって、何か言おうと思ったのに言葉が何も出てこなかった。

「こんなはずじゃ、なかったはずなんだが。データの予想外だ。懐かしいな」
「懐かしい?」

蓮二は目を伏せて、一層低い声で語り掛けるように話し出す。
その声音の調べに、最後までかかっていた記憶のヴェールが少しずつ剥がされていくような気がした。


(20130824)

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