紅龍の花 | ナノ
和歌

忘れるな。次に会うまで。
何それ。次って、すぐじゃない、そんなにすぐに分かるもんなの?
有名ではあるからな。頑張れ、俺が――


紅梅の造花を一枝差し出して、蓮二は笑う。でも次は来なかった。それっきり、何年も経つ。






はっと目を覚まして枕元の携帯を見る。午前5時。メールは来ていなかった。来ていないという事実にがっかりする。寝る前に柳さんにメールを送ったばかりだ、まだ返信が来ているはずはないのに。いつの間にかこんな短い時間でさえ待ち遠しく感じるようになってしまった。メールが来たら気分が急上昇、来るまではマイナス思考に陥ってしまったりして。ばかばかしい、と思うけど感情ばかりはどうにもならない。
さっきのはまた蓮二の夢だった。子供の蓮二と最後に会ったときの夢。
布団をのけて上体を起こそうとしたとき、はずみでばさりと紙の落ちる音がした。目をやるとサイドテーブルに置いておいた本が床に落ちている。別れ際に柳さんから渡されたものだ。

(これを)
(和歌の本…ですか?)
(ああ。ヒントだ)
(へ?何のですか?)
(見れば分かる)

デスクライトをつけて私はその本を拾い上げた。本からふわりとお香の良い香りがした。柳さんの私物なのだろう。本はよごれ一つなく、ただ静かに何度も読まれ古びていたようで几帳面な年季が入っていた。
どうやら、花に関する和歌の本らしい。1ページに一つずつ、和歌が分かりやすい現代語訳とともに載っている。ヒントって、一体なんだ。柳さんに何かを問いかけられた覚えはない。ふと顔をあげると色あせた梅の造花が目にとまった。そういえば前に梅林で見た赤い龍の話を柳さんに聞いて――それが柳さんとの出会いだったんだっけ。もしかしたら赤い龍についてのヒントということかもしれない。それなら直接言ってくれれば良かったのに。
ページを一枚一枚、めくる。梅の歌はないかと探していると一つの和歌を見つけた。



東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春な忘るな



菅原道真の歌?……そういえば蓮二は日本の古典にも興味を持っていて、道真が学問の神様でどうの、という話をしていた気がする。解説に目を通す。道真が左遷されて京から九州に行かなければいけなくなって。京の家に残していく梅の木に歌ったもの、らしい。主である私が居なくなっても春が来れば忘れずに綺麗な花を咲かせなさいと、そういう意味らしい。
私は解説の下に小さく載っているコラムを見てぎょっとした。

「飛梅(とびうめ)伝説?」

梅が飛ぶ。梅が、飛ぶ?
そのとき携帯がブルブル震えた。「メール着信 乾貞治」と文字が光っている。まだ6時前なのに貞治も目を覚ましていたらしい。

『from:乾貞治
 sub:思い出した
 赤い龍の話、思い出したぞ。後で都合がいいときに電話をしてくれ』

もしかして、もしかしたら。貞治から来たメールを見て、確信する。ぼんやりとした記憶が徐々に鮮明になる。


(20130423)
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話の元ネタはこれです。

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