紅龍の花 | ナノ
青嵐

生ぬるい空気が分厚い雲の中から吹きおり、道路に転がる枯葉を巻き上げて再び空へ帰っていく。風が、徐々に強くなってきた。公園から吹き飛ばされてきた枯れ枝の束が目の前の吹きだまりまで転がってくる。天気予報によると今日は午後から春の嵐になるそうだ。お出かけには向かない日だけれど、用事を先伸ばしにしたくなかった私は朝早くに家を出た。

神奈川の方面へ行くのは久しぶりだった。先日、小学生の弟が稽古場で真田くんに借りたジャージを返しに行くのだ。本来なら弟本人が返しに行くべきだが、高熱で寝込んでいるのだから仕方がない。吐いて服を汚してしまった弟に真田くんがジャージを貸してくれた、というわけで。母からのお礼の品もしっかり持った。ジャージの入った紙袋が強風で煽られないように抱きかかえる。
駅から歩き始めて二十分ほど、ようやく目的の家が近くなってきてほっと安心する。その時だった。

「何あれ?」

強風に煽られて赤い何かが空を飛んでいる。ビニール袋か、それともタオルだろうか。風に翻弄されたそれはうねって形を次々に変えながら空高くへ舞い上がり、かと思えば急降下する。まるで赤い龍のようだ。私は足を止めて、ぼんやりとそれを眺めた。何かを思い出させられる。だけど、何だったか。
しばらくして、赤がこちらに来た。

「えっえっ……ぶはっ」

視界が真っ赤になる。慌てて顔に張り付いたそれを引きはがす。真っ赤な手ぬぐいだった。どうやら洗濯物だったようで、洗剤の香りが残っている。洗濯ばさみで挟んであった痕もついている。ゴミではなく誰かのものなのだろう。その場に捨て置くわけにもいかない。交番に届けるか公園のフェンスにくくりつけるかしよう。用事を済ませた後で。

私は手ぬぐいを持ったまま真田くんの家に向かった。落ち着いた和風のお家のインターホンを押す。ピーッと音がするのを待って、風に負けぬよう大きな声を出した。

「こんにちは、斎藤です!」
『ああ、よく来たな。今開ける』

インターホンに出たのは丁度真田くん本人だったようで、彼は間もなく玄関から顔を覗かせた。

「お久しぶり、真田くん。弟がお世話になりました」
「久しいな、斎藤。体調管理ができてないとはたるんどる、が、お前の弟はまだ幼いから仕方あるまい。上がっていけ」
「ううん、お礼を言いに来たのとジャージを返しに来ただけだから遠慮するよ」
「しかし」
「風も強くなってきたしね」
「そうか、そうだな」

彼は空を仰いだ。つられて私も上を見る。雲がふくれたと思えば渦を巻き奥へもぐり、生まれては消えせわしなく動いていた。春の嵐が来る。


(20120407)

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