紅龍の花 | ナノ
混乱

おっかしいなあ。昔経験した「すき」はもっと単純で真っ直ぐな感情のはずだった。今の「好き」は複雑で曲がりくねっていて自分にさえ素直になれない。成長すれば理解できることは増えるはずなのに、わからない。





今年の氷帝テニス部はついてないのかなんなのか、氷帝生なら誰もが勝利を確信していた不動峰戦であっさり負けてしまった。私はしばらくその話題で興奮しきりだったけれど、じきに残念さを通り越してつまらなくなってしまった。氷帝は負けてしまった。敗者復活はありうるけれど、どうなるか分からない。気がつけば期末試験もすぐそこにある。義務が目の前に積み重なっているなんて、なんてつまらない。
そんな日々の中で唯一楽しみにしているのが、柳さんに会える日だった。つまり、今。
図書館の中は静かだ。しかし小さな話し声や足音、紙を繰る音、ため息、遠くの車のエンジン音、そんなものが本棚の間で静かに揺れていて、図書館の空気に生命を与えているようだった。私は慣れない神奈川の図書館にいるせいで、少しだけそわそわしていた。気持ちを落ち着かせるように、私は小声で質問した。

「柳さん、三年生でしょ。受験は?」
「エスカレーター式だからな」

彼はノートから目を話さず英文をさらさらと書きつつ答えた。どうやら大学受験はしないでいいらしい。納得していると、柳さんはふと顔をあげて正面に座る私を真っ直ぐ見た。

「しかし期末試験はある。だから、お前を図書館に誘った」

私は曖昧に頷いて慌て教科書に顔を向けた。真っ赤になっている気がする。だって、勉強するだけなら私を誘う必要はないはずだ。それなのに誘ってくれたということは、ちょっとは期待してもいいんだろうか。

恥ずかしくて柳さんの顔が見られないから、代わりに彼の手に視線を移す。長い指、しかしやや骨張っていて明らかに女性のそれとは違う指。大好きな、手。
どきりと心臓が跳ねた。思えば蓮二の手に似てる。柳さんを見るたびに、柳さんの素敵さに気がつくたびに私はますます彼が好きになる。前に貞治に「どう思っているんだ」と問われたときは口ごもってしまったけれど、今はもっと強く、好きだ。
でも、柳さんにはこんなところがあるんだ、好きだと思うたびに、なぜか蓮二と重ね合わせてしまう。そんな自分を自覚するたびに胸がズキズキと痛んだ。なんて失礼なこと。蓮二のことは昔のこと、それなのに理想化して柳さんと比べたりして。蓮二は背が低かったけど格好よかったからもう彼女がいるかもしれない。好きな相手と過ごしているかもしれない。毎日一緒に帰ったりデートしたりして。自然なことだ。私には関係ないことだ。なのに、なのに、なぜ想像するだけでこんなに苦しいのだろう。

柳さんは規則正しく美しい筆致で紙を埋めていく。さらさらの髪がはらりとこぼれるのを見て、私はますます憂鬱になった。
……それに、この柳さんも、だ。こんなに男らしいくて素敵なんだから彼女がいるかもしれない。優しくて女らしい大人の女性が好きそうだ。私とは反対のタイプの。じゃあ、私のことはどう思っているんだろう。なんで誘ってくれたのか。好かれてはいるはずだけど、妹みたいに思われているのかもしれない。そうでもなきゃここまで親切にはしないだろう。恋愛対象として見られている気はしない。だって、もしそうなら、もっと熱烈なアピールをされそうなものだけど柳さんはそんなこと、しない。

「どうした」
「なんでもない」

言えるわけがない。聞けるわけがない。こんなこと。


(20130402)

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