紅龍の花 | ナノ
葛藤

貞治に問いかけられたとたんに自分の気持ちが分からなくなった。なぜはしゃいでいるんだろう。なぜ浮かれているんだろう、私は。柳さんをどう思ってるかなんてそんなの決まってる、と思っていたはずなのに今は分からない。柳さんの姿は次々思い浮かぶのに適当な言葉が出てこない。

「わからない」

口からようやくこぼれ出たのは蚊の鳴くような小さな声で、その弱々しさに恥ずかしくなる。なぜこんな簡単な問いで私は弱くなるのか。どうしたらいいのかわからなくなって貞治を見上げると、彼は分厚い眼鏡の奥で思いのほか優しい目付きをしていた。貞治はなだめるようにゆったりとした口振りで問うた。

「自分でも分からないんだな?」

黙って首肯する。言い表せない気持ちを抱えてそう貞治を見つめていると、彼は「そうか」と短く答えてノートをめくり始めた。昔から親しんできたその光景を見て、どくどくと強く拍動していた心臓が徐々に落ち着いてくる。

「貞治はどう思う」
「そうだな」

彼はノートを繰る手を止めると、ちょっと上を向いて考えるような仕草をした。

「データでは、最近千香は俺に『柳さん』の話をすることが多いな」

確かに、その通り。私はすっかり柳さんとのこの新しい関係に夢中になっている。彼を気に入っている。ううん、もっとはっきり、好き、なのかもしれない。

でも。

それなのに、なんで最後に見た蓮二の顔が頭を離れないんだろう。蓮二を思うと、なぜかすぐそこまでせり上がってきた「好き」が凍りついて喉から出てこない。そう言葉にすることが出来ない。柳さんと蓮二の顔が交互に浮かんでは消え、私は黙りこくった。

「だが同時に蓮二のこともよく口にするようになったな」

自覚はあった。あの赤い龍の夢を見てからというもの、そして蓮二によく似た柳さんに会う度に、蓮二と過ごした日々が鮮明に思い出される。
貞治は微かに微笑んだ。

「蓮二が勝手に引っ越してから、千香は蓮二の話をしたがらなかったのに」
「……気づいてたの?」
「もちろん」
「早く忘れたかったんだよ」

突然いなくなった蓮二。何も言わずにある日唐突に彼は私たちの世界から消えた。ずっと一緒だったのに。別れる日が来るなんて想像だにしていなかった。今ならメールで連絡をとることも電車を乗り継いで会いに行くこともできる。でも携帯もまだ普及してなくて子供だった私には、どうしようもなかった。
悲しくて悲しくて心が張り裂けそうで、だから、忘れたかった。忘れようとした。現に、頭の奥底に記憶をしまい込んでいた。大切な思い出も何もかも。

大好きな、蓮二のことを。

(20130312)
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季節が一年回って、また梅の季節。

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