紅龍の花 | ナノ
心寄

貞治の部屋は相も変わらず汚なくて、頭が痛くなりそうな理系の本、脱いだ服、雑に束ねられたコード、そんな雑多がそこらここらに転がっていた。私は唯一柔らかそうなクッションに飛び付いて床に転がった。乾汁みたいなヘンなにおいがする。ヘンなにおいだが、なつかしい。
林檎パイとお茶を載せたお盆を持って部屋に戻ってきた貞治は眼鏡をくいっとあげた。

「年頃の女子が、遠慮もないな」
「遠慮する仲でもないし、この乾汁っぽいにおい嗅ぐとついリラックスしちゃう」
「そうか。お前らしいな」

私はクッションを抱えたまま起き上がると、苦笑している貞治を見て笑みを浮かべた。

「堅苦しくなるよりいいでしょ。それより、地区予選突破おめでとう!」
「ありがとう。もしかして、千香からの祝いの林檎パイだからお母さんではなくお前の手作りなのか」

貞治は積み重なっているものの山を器用にどかすと、私の前にお盆を置いてあぐらをかく。彼の発言に、私は久しぶりに舌を巻いた。ばれたか。貞治は観察眼が鋭いから気がつかれるかも、とは思っていた。しかし母のパイと同じ見た目に仕上げたのになぜわかったのだろう。

「簡単なことだ、わずかに表面のパイ生地の飾り方が違う。千香のお母さんのパイは小さい頃から見ているからな、違いくらい、わかるさ」
「なるほどね。で、味はどう?」
「ではありがたく頂こう」

彼は林檎パイをフォークで切り取ると無駄な動作もなく口へ運んだ。咀嚼をしながら視線をやや上に向けると一口、お茶を飲む。貞治のことだから、きっと正直な感想を言ってくれるに違いない。
彼はしばらく沈黙してから、相変わらずの抑揚のとぼしい声で言った。

「美味い。さすがにお前のお母さんの味には劣るが、また食べたくなるレベルだ」
「ほんとに!やった、よかったー!お祝いにもってきたのに不味かったら困るし。次は柳さんに食べてもらおうっと」

乾のお墨付きなら安心できる。乾汁の試飲のしすぎで味覚が破壊されている可能性もなくはないけど、いやまさか。たぶん大丈夫なはずだ。
乾は脇に押しやったものの山からノートを取り出して開いた。

「そのことだがな、蓮二は」
「ん?なんで蓮二が出てくるの?」

首をかしげると、貞治はもぐもぐと口を動かしていた。咀嚼中なのか返事がない。

「私が言ってるのは蓮二じゃなくて、柳さんだよ。立海大附属高の」
「……高校生なのか」
「うん。三年生だって。制服着てたしさすがに大学三年ではないよ」

彼は鉛筆を片手にあごに手をやった。もしかして知り合いだったりするのだろうか。柳さんは強豪である立海中テニス部のOBみたいだったし、何らかのつながりがあってもおかしくない。

「そうか。この前かばってもらったお礼に林檎パイを、と考えているのだな」
「うん。柳さんもテニスしてるみたいだったし、怪我させちゃったから」
「そうか。『柳さん』は気にしないと思うがな」

貞治は含みのある台詞を吐いて、直球なボールを打ってきた。

「それで、千香は『柳さん』をどう思っているんだ」

私は、返事に詰まった。


(20130204)
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二ヶ月ぶりの更新。すみません。あと少しで連載開始から一年たってしまう…!

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