紅龍の花 | ナノ
守護

がん、と鈍い音がした。

「危ねえ!」
「え?」

コートから鋭い声が飛んでくる。反射的に振り返ると、目に入ったのは黄色いテニスボール。フェンスの隙間からまっすぐこちらに向かって飛んでくる。ボールは見る間に近づいてくる。こっちに来る。ぶつかる。避けなきゃ。でも体が動かない。しゃがめばいいのに膝が木の棒のように固くなってしまっている。動けない。

ぶつかる!

私は身をすくませてぎゅっと目をつぶった。




何かが動く音が近くで聞こえた。
パシンと高く響く、乾いた音。
衝撃はこない。




まぶたの隙間から様子を伺うと、目の前は影に覆われていた。恐る恐る見上げると、柳さんが私を守るようにこちらに背を向けて立っていた。左手を曲げて、何かを押さえている。彼の手のひらに収まっているのは未だに勢いよく回転し続けるテニスボール。弾丸のように飛んできたボールを素手で。私の、ために。



守ってくれた。



心の奥がどきりと跳ねた。

「大丈夫か」
「う、うん」
「そうか」

身を挺して守ってくれた。私を。
彼は肩越しに少し振り返って、かすかに微笑んだ。その笑顔に再び心が跳ね上がる。私の意思とは無関係に、体の脈動はどんどん大きくなっていく。どうしよう。どうしよう。顔に熱が集中するのが分かる。心臓の音が柳さんに聞かれてしまう。

「ありがとう」
「怪我をしなくてよかった」

私は口を開いたけれど、音は何も出てこなかった。
どうして優しくしてくれるの、と聞いてしまいたい。聞けば彼は困惑するだろうか。私だから守ってくれたわけじゃない、そう言うだろうか。世話になったから守った、友人を守るのは当たり前だ、とでも言うのだろうか。それとも何か特別な返事が返ってくるのか。それを私は望んでいるのか、特別でありたいとでも言うのか。私はなぜこんなことを気にしているのだろう。なぜ、こんなことが聞きたいのだろう。
息が急に苦しくなって、私は柳さんのブレザーの裾をつかんだ。なんで。なんで突然こんなことになったんだろう。困惑と焦燥と胸の中心でくすぶる熱が私をうろたえさせた。

その時、柳さんの奥にちらりと見たことのある人物がこちらへ来るのが見えた。コートの向こう側からこちらのフェンスへまっすぐ、ゆったりと歩いてくる。
柳さんが小さくつぶやいた。

10月4日生まれ、A型。プレイスタイルはオールラウンダー。
氷帝の部長、跡部景吾。


(20121116)

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