紅龍の花 | ナノ
視察

新学期の慣れない空気が薄れるころ、運動部の季節がやってくる。5月最初の土曜日になってようやく、私は柳さんと落ち合うことになった。待ち合わせより10分早く校門の前につくと、丁度タイミングよく柳さんがこちらへ向かってくるのが見えた。風を切るように颯爽と歩いてくる。嬉しくなって持っていた本ごと手をぶんぶん振ると、彼は軽く右手を挙げて見せた。無駄のない仕草、大人の仕草。
図書館で出会ってからと言うもの、私は毎日のように柳さんとメールをしていた。最初は「初対面だから」とか「私より年上の人だから」という遠慮があってメールの返信一文でも悩んでいたというのにすっかり仲良くなった。きっと、大人な柳さんがさり気なく趣味やらなにやら話題提供をしたり、タメ口で話せなどと気を遣ったりしてくれるからだ。初対面だなんて信じられないくらい、貞治と話しているときみたいな気軽な調子でリラックスして話ができる。
気がつけば、私はすっかり柳さんになついていた。我ながらしっぽをふる犬みたいだと思うがどうしようもない。

「やはり10分前に来たな」
「えっ、分かってたの?」
「そのくらいお見通しだ」

目を伏せて笑う柳さんにどきっとする。私はきびすを返して「コートに案内するね」と明るく返事をした。こっそり胸に手を当てる。なんでだろう。少し恥ずかしい。今は、顔を見られたくない。

***

柳さんはノートにメモを取っている。本当に視察に来たらしい。邪魔になったら申し訳ない。私はだまって彼の隣に突っ立って、柳さんと同じようにテニスの練習を眺めた。思えばちゃんと練習風景を見るのは初めてだ。いくつかグループに分かれて練習しているようだが、200人もの部員が一斉に動く姿は圧巻だ。コートはたくさんあるのに中で男子がうごめいている。その中でひときわ人口密度が少ない居場所がある。真ん中にいるのは、跡部くん。きっとあれがレギュラー専用のコート。柳さんを見上げても彼がどこを見ているのかは分からなかったけれど、氷帝の練習を見に来ているなら観察対象はレギュラーだろう。
ふいに柳さんがつぶやいた。

「なるほど。さすが氷帝だな」
「でしょでしょ?立海も強いって聞いたけど」
「よく知ってるな」
「青学の幼なじみが教えてくれたんだ」
「ほう」

彼はふと笑みをこぼして、はっきり言った。

「青学の幼なじみ、か。青学もテニスは強いな」
「そうみたいね」
「だが、立海には遠く及ばない。全国大会は立海の勝利で終わる」
「なっ、そんなことないよ!勝つのは氷帝!」

むかっとして言い返す。別に氷帝テニス部に思い入れがあるわけじゃないけど、氷帝生としては聞き捨てならない台詞だ。むすっとしていると柳さんは再び息を吐くように笑いをこぼして、私の頭をぽんぽんと撫でた。

鋭い音と声が響いたのはそのときだった。


(20121111)

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