紅龍の花 | ナノ
約束

氷帝中3年の斎藤です、と名乗ると彼はちょっと黙って、それから一つ頷いた。ノートを取り出すと何かを書いて破り私に差し出してくる。紙をのぞき込むと几帳面な文字でメールアドレスが書いてあった。

「立海の柳だ。ハンカチは氷帝まで届けよう」
「え、でも悪いですし」
「いきなり住所は言いたくなかろう。それに助けてもらったのは俺だからな」

確かに、誠実そうだけど知らない人には住所は言いにくい。それに立海ということは神奈川の方面から来たのだろう、それならうちよりも氷帝学園の方が近いはずだ。

「でも、立海ってあの立海大の、ですよね?氷帝までは遠いんじゃないですか?」

私は再びまじまじと彼を見つめた。高校生かなあ。この人、よく見ると蓮二に似た顔をしている。しかも苗字も柳、住所もたぶん神奈川あたり。もしかしたら蓮二の親戚かもしれない。しかしこの人は身長がすらっと高くてスポーツマンみたいな体型だけど、蓮二はちっちゃくて華奢で女の子みたいなところがあった。今もまだ私より可愛かったりして。少なくともこの柳さんみたいな男らしい感じではない。

「氷帝には用事もある。だから気にするな。平日の放課後か休日かどちらがいい?」
「どちらでも大丈夫です。そうだ、用事って何かお手伝いすることあります?」
「ふむ、いいのか?では氷帝中のテニスコートまで案内してもらえるか」
「中学ですか?高校ではなくて」

頭をかしげると彼はまた口をつぐんだ。この人、そつなく話すのにときどきふいに黙る癖がある。顔を見ても何を考えているか分からない。そもそも顔を私に向けてはいるものの本当に私を見ているのかさえ分からない。そういえば蓮二もこんな感じだった。でも沈黙も読めない表情も嫌な感じはしない。むしろ好みだ。

「もしかして視察ですか?うちのテニス部強いし。そういえば立海大附属中も強いんですよね」
「ああ」

高校生が中学生の練習を見に来るというのもすごい話だ。この人もテニスやってるのかな。可愛い後輩のためにスパイを、とかだったりして。私は氷帝学園男子テニス部のレギュラーたちを思い出した。同じクラスの男子でテニス部に入ってる人は何人かいるけれど、レギュラーとは全く関わりがない。名前と顔を知っているくらい。でもただ一人、『氷帝のキング』だけは性格も知っている。知らない氷帝生はいない。
うう跡部くんに睨まれそう、と呻くと柳さんはふっと息を吐くように笑った。

「大丈夫だ、跡部なら逆に見せつけてくるだろうな」

彼は私を安心させるように口の端を上げてみせた。長い指で扇子を撫でながら。

(20121104)

[back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -