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不二の場合


先生が教室から出ると、椅子を引く音や話し声であたりは一気に騒がしくなった。私は腕を真上にあげて伸びをする。得に何事もなく一日が終わった。窓から入る日差しは温かくて、でもまだ気温は低い。
今日はホワイトデーだけれど、男子は女の子ほど積極的でも騒ぎ立てたりするでもない。バレンタインとは大違い。あの日は本命チョコから友チョコまでバレンタインをフルに楽しもうとする女の子と、チョコがもらえるかどうか気にしないふりをしつつも少々気にしている男子が浮き足立っていた。あの日は正直、気が気じゃなかった。何がって、もちろん彼氏である不二くんのことだ。彼は、モテる。彼女のひいき目ではない。本当にモテる。いろんな女の子から告白されていたのも知っているし、告白されなくとも、女の子が不二くんと話をするときはみんな嬉しそうな顔をしている。
格好いいからなあ。
女性的でやさしげな顔立ち、すらっとした体、そのくせ男らしくて天才と呼ばれるほどテニスが得意。異様に辛いものを好むとか、謎の恐怖汁として同級生の間でも有名な乾汁を美味しいと評すとか、味覚にちょっと変なところもあるけれど……考えれば考えるほど私がなぜ不二くんと付き合っているのか不思議だ。彼の一時的な気の迷いだったんじゃないかとかもう私に飽きて他の女の子に気持ちを向けているんじゃないかとか不安になってくる。失礼だから絶対に言わない、けれど。

「やあ、帰ろうか」
「うん」

彼が笑顔で近寄ってきた。私は慌てて荷物を鞄にしまって持ち上げる。教室から出る途中で友達の女の子が数人、こちらを見ながらキャーキャー言って手を振ってきた。照れた私は少し笑って手を振り返す。
校門から並んで出たところで、私は静かに息を吐いた。いつの間にか息を潜めていたらしい。緊張している、のかな。我ながら。

「優」
「ん?」
「チョコレートありがとう。これ、お礼に貰ってくれるかな。気に入るといいんだけど」

彼はクリーム色の紙袋を私に差し出した。細いイタリックで書かれた言葉に見覚えがあった。

「これってもしかして、最近できた……!?」
「うん」
「あの人気の!?」
「うん」
「いいの!?開けていい?」
「もちろん」

彼はクスッと笑う。テレビでも紹介されてい洋菓子店のだ。学校からそう遠くないところに新しくできたとかで、一回食べてみたいと何回か足を運んだのだけれどあまりにも混んでたので購入を諦めたんだ。不二くん、もしかしてずっと待って並んで買ってきてくれたのかな。
心を躍らせて紙袋から小箱を取り出す。白くて半透明の箱に白い線で花の絵が描いてある。中には、ピンクのマカロン。自然と顔が綻ぶ。あのお店の、マカロン。それだけじゃない、不二くんがくれたんだ。

突然、カシャッと音がして強い光が目に飛び込んできた。

「すごい!ありが……わあっ」
「うん、いい写真が撮れた」
「もう!いきなり撮らないで」
「いい顔してたのに」
「でも」

絶対変な顔してた。言ってくれたらちゃんと準備するのに。そんな気持ちを込めて抗議をすると、不二くんは眉をハの字にした。

「そんなに嫌だった?」

彼は少し悲しそうな顔をした。不二くんと知り合ったばかりの私なら慌てて否定しただろう。でももう騙されない。絶対演技だ。楽しんでいる。彼はこんな優しそうな顔をしているくせにSっ気が強くて人をからかうのが大好きなのだ。ここで「そんなことない」と言ったら突然ケロっとして「うん、じゃあこれからも撮るね」などと言うに決まっている。だって不二くんだ。もう彼の言動は把握済みだ!

「嫌です」
「クスッ、残念」
「ほら、やっぱりからかってる」
「ごめんごめん」
「……もう」

彼は私の顔をのぞき込むと笑顔で言い放った。

「可愛くて大切な子ほどからかいたくなるんだよ」

言動は把握しても、慣れないこともある。私は今、真っ赤だ。


(20120322)

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