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大石の場合


隣の席の夏目さんは、次の授業の準備をしながらこんなことを言った。

「大石くん、今日放課後時間ある?」

今日はバレンタインデー。気になっていた子に声をかけられた俺は、内心どぎまぎしながら返事をする。

「うん、もちろん」
「よければアクアリウムショップいかない?あのね、今日チョコレートグラミーが入荷したんだって」
「へえ、俺見たことないんだ。楽しみだな」
「私も!」

俺の顔をのぞきこんだ彼女は極めて冷静だった。アクアリウムという趣味を偶然同じくし仲良くなった彼女からのお誘いにまさかまさかと思ったが、彼女の表情や振る舞いを見る限り薔薇色の展開は望めなさそうだ。ただ単に熱帯魚屋さんに行こうというお誘いだったらしい。
俺は少しがっかりしたが、それでも夏目さんに誘われたことは嬉しい。そ、その、デート、のようなことができるのだ。彼女にはそんなつもりはないだろうけれど。それに、俺が以前チョコグラという魚を見たことがない、見てみたいと言ったことを覚えていてくれたのだろう。それで俺を誘ってくれた。それで十分じゃないか。うん、それで、十分だ。


***


俺は彼女の隣に立って今、アクアショップの水槽を眺めている。茶色のしまが入ったチョコレートグラミーは水槽の中をすう、すうっと泳ぎまわっている。流木の隙間に入ると同化してしまうような色の彼らには、熱帯魚特有の派手な美しさはない。むしろ地味だ。だがその優雅な姿とゆったりした泳ぎは優雅さと渋さを感じさせて、密かに人気がある。

夏目さんをちらりと見ると、彼女はチョコグラに魅せられているようで熱心に水槽を見つめていた。熱帯魚が好きな子とじゃないとできない時間の使い方だな、と思う。こうやって一緒に水槽を眺めているだけでもとても楽しいけれど、もし相手の女の子が熱帯魚に興味がなければこんなことはできまい。
願わくば、こんな女の子と付き合いたいものだ。いや、本当は、もっと正直に言えば。

「あ」

彼女が声を上げて水槽の上部を指した。そこには熱帯魚の名前とサイズ、値段が書かれていたのだが、なんと「バレンタインのプレゼントにいかが?チョコレートグラミー!」などと書かれている。
ちらりと彼女を見ると、目が合った。まさか彼女が自分の方を見ているとは思わずぎょっとして、あわてて視線をそらす。顔に血が上るのが感じられた。

「あの、おーいしくん」
「ナンダイ」
「今日バレンタインじゃないですか」
「ソウデスネ」
「……なんで片言なの」
「い、いや、その」

まさかバレてないよな。俺が不埒なことを考えていたとか、彼女のことが好きだとか、バレてしまったら今までのような関係のままでいられるとも思えない。第一俺なんかに思いを寄せられたところで迷惑だろう。そんな思いが一気に駆け巡る。

いつの間にか、彼女が小さな袋を手にしていた。

「もらってくれる?」
「えっ俺!?」
「大石くん以外に誰もいないでしょ」
「そ、そうだけど」
「もしかして嫌だった?」
「まさか、嬉しいよ!」

あわてて否定して受け取る。それは小さくても確かな重みを持っていた。
学校で渡そうと思ってたんだけど勇気が出なくて、だからここに誘ったの。そういう彼女の姿を見て、また頭に血が上っていくのが分かった。

(20120216)


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チョコグラ可愛いよチョコグラ。実は私もアクアリウムが趣味。

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